農スクールー作業風景

口を出さないのは可能性を信じているからー農スクールが考える「支援」とは?

目次
・はじめに
・山田が持っていた「福祉のイメージ」 相手が困っていることをやってあげる
・一見講習生への対応が冷たい農スクールプログラム
・代わりにやらない、口を出さない
・「就労させよう」としない
・貼られたラベルで相手と接してしまう
・「支援される人」は「支援される人」のままでいてしまうのでは
・コミュ力が低いからできた、フラットに関わること
・近所のお節介おばちゃんとして接する
・「福祉」とは? 小島の福祉観
・「あおいけあ」さんの利用者からリスクを奪わないやり方
・まとめ

・はじめに

コトモファーム代表の小島が別で行っているNPO法人農スクール、「農福連携」のちょっと変わったスタイルとしての走りとして農林水産省の農福連携事例紹介に取り上げられたりしています。→http://www.maff.go.jp/j/keikaku/pdf/2710_nofuku.pdf

まず農スクールとはどんな活動かというと、

ホームレス、生活保護受給者やニートの若者達が、"農"を通じた様々なプログラムの体験を通して「やりがい」や「仕事観」「自己肯定感」を得ながら、基礎的な農業のイロハを学ぶことで、農業界への就労機会を生み出していく取り組みです。 
農スクールHPより http://know-school.org

私もそこでトレーナーとして2年ほど関わったのですが、初め自分がイメージをしていたものと大きく違ったので、そのことを書こうと思います。

いわゆる福祉業界にいない農スクールが行う活動は、福祉業界にいる方にとっても、ちょっと斜めから自分たちのことをみることになるのかなと思っています。

もし福祉と携わり行き詰まりを感じている方がいらっしゃれば、「あ、そういうふうな考え方もあるのか」と思ってもらえると嬉しいです。

・山田が持っていた「福祉のイメージ」 相手が困っていることをやってあげる

これまで深く何か福祉業界に関わったことはないのですが、学生の頃にホームレス支援団体で夜回りをしたり、夜間学校で戦後勉強ができなかったおじいさんおばあさんたちの勉強の手伝いをしたり、インドに旅行した際に精神病院での手伝いボランティアをしたり、という経験はあります。

そう言ったところで活動を行っている人たちを見て、支援団体にいる方々は優しく、「そこまで身を呈すのか!」と驚くことが多々ありました。

私にとってそう言った支援団体で活動される方々の行為が「福祉的な行為」であるというイメージを持っていました。優しく懇切丁寧に相手が困っていることをやってあげるようなイメージです。

・一見講習生への対応が冷たい農スクールプログラム

そのイメージを持ち、農スクールに関わるようになったのですが、代表の小島の対応の仕方、考え方などと接し、「何か今までと違うぞ?」と思うようになりました。

正直な感想を言うと、初めは「冷たい人だな」と思いました。農スクールに通う講習生たちに対し「こうなってほしい」「ああなってほしい」と言った思いがないのか?と疑問に思ったこともあります。

・代わりにやらない、口を出さない

なんというか、しっかりと講習生たちと距離を取っているなという印象でした。プログラムの中で講習生が一度野菜作りの説明を受け、作業を行っている時、講習生が分からなそうにしていても、代わりにやったり、手を出したりするようなことはありませんでした。

基本的に聞かれるまでは答えない、聞かれても答えすぎない、失敗しそうでも手を出さない、最後までただ見守るだけというやり方でした。

そのように「指示をする」「支援する」というものではなく「雑談も交えながら一緒に作業する」といったものでした。

・「就労させよう」としない

プログラムが終わる時期になっても「どこどこの就労先を斡旋する」ということを小島さんから行うことはありません。

本人が希望して小島さんに頼んで初めて、農家で募集しているところを探していました。

就労しようとしない人に対しては、無理に進路先を進めようとせず、半年のプログラムが終了と同時に一旦お別れという形を取っていました。

こう書くと「血も涙もない人」ようですが、そんなことはなく、どのような進路に行った人でも、ふらっと事務所に訪れた時は世間話もするし、何か畑でイベントがあった時は声をかけたりするしと、フラットな関係を築かれていました。

・「支援者」じゃない。「お客様」でもない。

総じて、小島やトレーナーと、農スクール講習生との関係は、「支援者-被支援者」でも「サービス提供者-お客様」でもない、よく分からない関係のようです。

実際に何か制度に乗って国からの助成金を得て活動しているわけではなく、さらに講習生からお金をもらうわけでもありません(払える人だけ「寄付」という形で頂いてはいる)。

小島さんが「そういう活動をやりたいからやる」といった思いと、それに賛同して寄付してくださる方によってのみで成り立っているからこそ、ちょっと変わったやり方で行えるのかなと思っています。

・貼られたラベルで相手と接してしまう

2年間農スクールに関わり、その後ちょっと距離を取って見ていて初めてわかったのですが、自分が持っていた福祉イメージと違うやり方、一見冷たく見えるようなこのやり方が逆に「すごく良い」と思うようになりました。

ここからは私の分析ですが、人と接する時どうしてもお互いラベルを貼りあって関係性を築いてしまうことはないでしょうか。例えば「友達」、「先輩-後輩」、「嫁-姑」、「親-子」と言ったものです。そして、この貼られたラベルによって無意識的に振る舞い方が変わることはないでしょうか?

難しそうに書いたのですが、後輩として先輩に接する時は敬語になるし、先輩として後輩と接する時は敬語ではなく、少したしなめるようなことも言ってしまうような経験を持っている人は多いと思います。

他には、最近友達と話したのですが、「甥っ子が可愛すぎて色々買っちゃうんだよね。おじさんって立場は気楽でいいよね」と。親になったことはないのですが、おそらく自分の子への接し方と他の子への接し方は変わるのではないでしょうか。

この「接し方」が人格形成にすごく関わってくるんじゃなかろうかと。

・「支援される人」は「支援される人」のままでいてしまうのでは

例えば子供の立場にいるとき、子供だから子供のように振る舞うんじゃなく、子供扱いされるから子供のように振舞ってしまう、そういうことがあるんじゃないか。役割が人を作るといいますか。

何が言いたいのかというと、いわゆる福祉を「支援」と捉えてしまうと、「支援する人- 支援される人」と言った関係性ができてしまい、いつまでも「支援される人」は「支援される人」のままでいてしまうのではないか。

そして一度できた関係性を変えるのはとても難しい。敬語で接していた人と急にタメ語で接するのは難しいように。

・コミュ力が低いからできた、フラットに関わること

農スクールで活動する中で私がよく小島さんから褒められていたのが、「講習生と距離が取れている」ということでした。

「距離が取れている」ことを褒められるのは何か変な感じがありましたが、今だとわかります。

農スクールの講習生を「支援される人」として接してしまうと、

その人たちの成長を妨げてしまう。

その点、私は単にコミュニケーション能力が高くないため、人と距離を縮めるのが苦手だからこそ、講習生との間に距離があったのかなと思います。なので、講習生との接し方は、「トレーナー-講習生」ではなく、「ほとんどお互いのことを知り会ってない大人同士」の接し方になっていたように思います。一緒に作業する中で、気にはかけるが手は出さない、といったスタンスで作業をしていました。

それもあってか、私がトレーナーを務めた時の半年のプログラムを終えた時の就労率は50%ほどに達しました。(これは結構高いと思います)

もちろんこれは講習生自身の力です。なので私としても、講習生に対し「何かをやってあげた」とも思えないですし、おそらく講習生たちも私に対し「何かしてもらった」とも思ってないんじゃないかなと。

だからこそ、結果的に自立を促せたのかもと思っています。

ただ、フラットに接するのは思った以上に難しく、相手からも影響を受けてしまいます。

変な例えですが、住んでいるマンションで大人に会った時はスッと「おはようございます」と言葉が出てくるのですが、中高生にあったら「おはよう」と言いそうになってしまいます。

それが悪いことなのではないと思いますが、思った以上に相手から影響を受け、無意識的に言葉使いや振る舞いが変わってしまうなと。

相手を子供や支援される人とみなすほど、無意識的に手や口を出したくなってしまいますが、本当にそこには意識的になった方がいいと思います。

・近所のお節介おばちゃんとして接する

その点小島さんは人によって接し方があまり変わらないように思います。

ホームレス状態のおっちゃんたちと接するときも、どこかの大きい会社の社長さんと接するときも、見ていてほとんど接し方が変わりません。

(あえて言うと、小島さんは相手の筋肉量では多少接し方が変わります。柔道家の習性だろうか・・・)

小島さん自身としては、「私は支援者ってよりかは近所のお節介なおばちゃんとして接してるのよ」と言っていました。

支援者として接しないことによって、講習生たちにも良い影響があるのではないかと思っています。

・「福祉」とは? 小島の福祉観

自分のことをお節介なオバちゃんという小島の福祉観は、

まず、「福祉」は

お金持ちだけがやることではない。

制度の中だけでやることではない。

とよく言っています。

まず根っこに、目の前で困っている人がいたら手を差し伸べるよね、と。

そして、一方が支えるんじゃなくて、支え合う関係になるのが普通だよね、と。

自分が困っている時には講習生にも助けてもらうし、農業界を支えてくれる人になってもらいたいと願っている、と。

農業界に進むかどうかは本人が決める話なので、自分ができるのは場を作るところまでだ、と。

もちろん制度を否定するのではなく、目の前で困っている人に手を差し伸べること、自分が困っていたら手を差し伸べてもらうこと、そこを前提として制度を使う。

ただ制度を使う際に「あり方」が変わってしまうようなら使わない。

農スクールはホームレス状態の方もくれば、引きこもり状態の方も、精神障害を持った方もいて、制度にのっけることが難しい活動です。

と言うよりか、逆に制度から漏れてしまうような人たちがいるから活動を始めたようなところもあります。

運営を優先すると制度に乗っけて助成金を貰いながら行うのがいいのですが、「あり方」が変わるようなら制度は使わない。なので今は個人の寄付金から運営費は賄われています。(財政的に余裕がないので活動範囲は小さく行っています。)

・「あおいけあ」さんの利用者からリスクを奪わないやり方に共感

「いわゆる福祉業界と違うことをやってるんだぜ」と言いたいわけではなく、イメージしていた福祉のあり方と、農スクールのあり方が違い、驚いたので今回の記事でまとめてみました。

実際の福祉の現場では私のイメージしているものと全然違うかもしれません。もし違うなら、どのように異なっているかなど教えてもらえると嬉しいです。

例えば、ちらほら耳にする同じ藤沢市で高齢者福祉サービスを行う「あおいけあ」さんの取り組みは、すごいなぁと感心しています。人から聞く話、記事で読んだ話程度にしか知りませんが、施設に通うご老人たちの「リスク」を奪わないやり方で施設を運営していると聞きます。

例えばこんなことが書かれていました。

あおいけあは、地域との境を壊そうと物理的に壁も取り払ってしまいました。
車通りの多い道なので、地域の子供たちや通勤の人たちが、施設の中を自然に通り抜けていきます。
コミュニティレストランや珈琲屋、地域の人が自由に使えるフリースペースもあります。
(中略)
地域の人がご飯を食べに来ると、ばあちゃんたちが皿洗いをし、障害のある人も自然に働いています。
やってきた人は、そこにいる人が認知症とか障害者とは、きっと思わないでしょう。
(中略)
僕らが「してあげる」という姿勢で介護を続けていれば、じいちゃん・ばあちゃんも「世話になっている」と思ったまま。
そうではないんです。じいちゃん・ばあちゃんと一緒に掃除して、お茶を自分で入れてもらって、「自分は役に立っている」と感じてもらって、初めて自立支援・介護の仕事になるんです。
掃除ができるなら竹ぼうきをもって外に出ていき、地域の掃除をする。
庭の手入れをしてもらうなら、近所の公園にいって植栽を行い、人の役に立つ仕事にする。
職員が子どもを連れてくると、ばあちゃんたちがお世話をしたり、洋服を作ったり…。
参考記事:http://heisei-kaigo-leaders.com/activity/bunkyo01

このように施設に通う方を「支援される人」と位置づけずに接することが、本人たちの自由を奪わず、尊厳を大切にしていることなんじゃないか。自由とリスクは表裏一体で、リスクを奪わないことがとても大事なんじゃないか。

・まとめ

農スクールも同じように、支援される人として接さず、失敗する権利も奪わない。けれどほっとくわけでもなく、気にかける、見守る、といった距離感で接し続ける。

私自身、そういったやり方がいいと思うし、ちょっとでも広がっていけばいいなぁと思っています。

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神奈川県藤沢市で体験農園を営む農園。”農”が日常にある暮らしを広めています。当園で野菜作りを行うお客様のインタビューや長野へ移住したスタッフの話、畑の上で考えたことなど。 コトモファームHP→http://www.eto-na-en.com/cotomo-farm/

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