本当に”身になる”心理の学びを、身につけませんか?
モニター受講生さん募集のお知らせ
現在、私は、近い将来に、心と身体をホリスティックな視点と手法で癒すことのできるセラピストさんの養成システムを立ち上げていくにあたり、いくつかの資料の制作に取り組んでいます。
そのうちのひとつに、まず、「セラピスト(臨床家)の視点から、自他の心身を扱っていくために、前提のいわば地下の土台として学んでおいた方が良い、基礎的な心と身体の理論」があります。
これは、臨床家としては、日常的に頻繁にそれそのものを形として使うわけではないけれども、これらの知識が土台に埋まっているからこそ、日々の臨床でクライアントさんから見つけることができる知見であったり、組み立てることができる療法であったり”問題解決のための方法”をその場で編み出すことができるものであったり、また、上級レベルの臨床的心理療法を学んでいくにあたってはもうそこでは学ぶことができない、機会もなければ暇もない、そんな基礎の土台となる理論があります。知っておいた方が良い、部分です。
この資料をしっかりと作り込んでいくために、モニター受講生さんを募集します。あまり何名もは募集しません。ご興味ある方は、ぜひこの記事を読み進めてみて下さい。
建物でも、土の下にしっかりと土台(基礎)を埋め込みます。その前に、土台からしてしっかり入れられるところかどうか、土壌も整えて行きます。
そこで基礎工事を行い、その上でやっと、地上に見える部分の建物を建ててゆきます。基礎工事がしっかりできていないと、建物自体はできても、地震などで崩れてしまいやすかったり、高層階でもっと何かを付け加えようとしたところで、不可能、てっぺんへ行けば行くほど細い構造にならざるを得ないようなことになってきます。
この基礎の部分は、大学の基礎心理学などでやるのではないのか?と思われるかもしれません。
が、これはあくまで大学の心理学教育を批判しているわけではありませんが、臨床家の目から見ると、違います。
大学で、机の上で、しかも教授から与えられるがままに学ぶ種々の心理学は、確かに「学問としての知識」はある程度身に着くかもしれませんが、あまり”ひとの中の「土台」”にはなりません。
多くの大学では、あくまで”テンプレート”しか学びません。大勢の受講生がいっぺんに、そして決められた時間内で、しかも大学卒業の単位をとるためという基準のために設けられた内容を。(特に日本の大学は、内容を結局身につけずに大学だけ出てくることも簡単です)
その上、基礎的な各種の心理学を学んできた方や、大学ではなくとも最近非常に社会の中で役立つと言われる(私自身も実際セラピーの中で重宝していますが)NLPなどを学んだ方でも、それだけで自分の心やひとの心を知った気になってしまって全て学んだ中だけのテンプレートの中に当て嵌めて物事を考えるようになってしまったり、逆に、「これで自分や他人の心のメカニズムがわかるようになるんだ」と思って臨床心理学部に入ったりして各種心理学を学んでも、結局「何かわからないけれども本質が見えてこない気がする、辿り着かない」「テンプレートしか教えてくれない」「学んだら自分の心身にダメージが来て、潰れてしまった」などという方がたくさんおられることも、私は見てきました。そして、実は私自身もその一人でした。
本当に必要なのは、”目の前の問題の解決方法を編み出す力と土台”、”本質や本題を感じ取る力”
心理学とは、言語に例えればあくまで文法書に過ぎません。各種の基礎心理学に至っては、国語辞典・単語辞典に過ぎません。
そこから、如何に「言葉」を使いこなして現地の人と交流するか…自分の心身、他者の心身にアプローチしていくか、というのに必要となるのは、言語化するのは難しいですが、強いて一言で表してみると、実際、現実の世界を見た時に”本質や本当の問題を感じ取り、見極める力”、また、”目の前の問題の解決方法を自力で編み出す力”なのだと、私は考えます。
これがなければ、どんなに複雑な心理理論をたくさん憶えようが、高等な心理療法技法をたくさん憶えようが、一切が宝の持ち腐れです。
学問をただ知的好奇心を満たす学問として学びたいなら、それはそれで話は別かもしれません(それでも、自分で研究していくための本質追究の力はあった方が良いと思いますが)。
19世紀などの昔の心理学者、臨床家たちは、過酷な文化背景も伴い、彼らは独自に自分のクライアント達や自分自身の心と向き合い、「目の前の問題の解決方法を自力で編み出す力”を自分自身で育てながら、それにより知識を使いこなし、向上させて、更には世に送り出してきました。
彼らは、「知識」を”発掘し、言語化し、生み出してきた”側だったからです。
今の時代、その”彼ら”が遺してくれたものを、机の上で学び、覚え、それを使おう使おうとしますが、本当に必要な部分…、本質を見極める感覚・力や、(自分に折角入れたたくさんの知識群から)目の前の問題の解決方法を編み出す力というものは、なかなか誰も育ててくれませんし、育てろとも教えてくれません。
私は実際NLPをかなり高度な部分まで学んでこられた私のクライアントさんが仰っていたことで驚きましたが、例えば、ラポール(セラピストとクライアントや主催者と受講生などの信頼関係)という用語と考え方は、NLPのものです。しかし、そのクライアントさんの話を聞く限り、聞けば聞くほど、そのNLPの講師と受講生(しかも少人数と言う)との間の、ラポールが、とれていないのです。
私自身も実は、NLPをも教えている方に心理療法の講座を受けたことがあります。が、この方も、受講生たちの信頼をあまり得ることのできていない方でした。しかも、NLPと非常に親和性の高い(組み合わせれば高い効果の出る)心理療法を受講していたのですが、どうにもこの方はこの心理療法を使う時にも、NLPの本質的な部分をわかっておられるのかおられないのか、しかしどう見てもうまく取り入れておられないように見えました。実際にクライアントさんも診ておられる先生でしたが、そしてNLPの理屈の根本がわかった(身について日常に根付いている)上でこの心理療法を使えば、クライアントさんとのラポールも深く築くことができるのに、どうにも表面的なことしかやっておられない…。
日本の中でもその方は、本場(米国)で直接学んで来られ、日本のその世界ではかなりトップ陣の先生だったようなのですが、それでも、受講生達の質問への返答も、どうにも…その質問さえ、受講生達には何となくしづらい、と思わせていた、というような場でした。
いろいろなところで聞きましても、私が聞く限り、日本には、まだまだ、こういう世界が非常に多いようです…。
それでいて、学びは非常に高額です。
大学の心理学部だけでも、4年間で卒業するまでには250万~500万などとかかりますし、先程挙げましたNLPなどは今の時代人気な領域でもあり、更には国際的に協会の事情が絡んで来るためもあるのか、ベーシックの受講費だけでも50万前後、催眠療法の基礎的な講座でもやはりそれくらいかかります。
ただ、上にも書きましたように、そこで学んだとしても、「使えるように」ならない、自分自身に使うにしてもなぜか「身に着く」学びにならず、小学校でなんだかわからないけれども必死に板書をとって、ひたすらあの頃は丸憶えしてみたけれど、今一体何の役に立っているのだろう…?というようなものになってしまう…。
それらの知識を使って、「自分の人生で起こり得る目の前の問題の解決方法を編み出す」能力に結びつけることができないからです。
寧ろ、知識と同時に育て培うべきそちらの能力を、伸ばそうとしていないからです。
上述した講師にしても、NLPを教え、他の心理療法も教えておられるのに、親和性の高いそれらが繋がれず、NLPはNLP、他のある心理療法はある心理療法、というように、分断されてしまっているようになっています。
世の中は全て繋がっています。すべての学問は、みんな同じこの世の中をそれぞれただ別の視点、別の角度から言語化しているだけのものなので、すべての学問は繋がっています。
そして、その繋がったものは、その世界をまさに生きている自分の人生の中でこそ役立ちます。
私は、世界のあらゆる学問や考え方を取り入れ、ことごとく、点と点を線で繋ぎ続けてきました。そして、悉く、融合を試みてきました。
その中でも、やはり、この考え方やこの編み出し方ができるのはなぜか、と自分の中を深く深く分析してみたときに、根底の根底にあるものがあります。自覚の上ではもうすっかり忘れ去っているけれど、身についている基礎の理論や考え方であったり、また、当時の先生方(ゆとり教育前に恐らく身につけてこられた)は、既に基礎としてこれがあったからああいう授業になっていたけど、私はゆとり教育ど真ん中であったため、当時の授業だけではわからなかった。しかし、後で、教授たちが前提として持っていた知識を入れたら繋がった、など…
今、研究家・臨床家として在る目線から、これは必要だ、役に立つ、そしてそれ自体は役に立たずとも、目の前の問題を解決しようとするとき、方法を編み出そうとするとき、例えるなら高いそびえたつ壁をロッククライミングしようとする時、僅かなたった一瞬足を引っ掛けて少し離れたくぼみに手をかける、僅かな足掛かりのくぼみとなって本人を大きく助けるものとなる、と感じる基礎的な身体の理論、心の理論があることを発見しました。
制作にとりかかっている資料の内容
そして、それらの心の理論、身体の理論を、効率的に学ぶことができる体系を整えてみようと、現在、一番おおもととなる基礎の基礎となる土台資料の制作にとりかかっています。
それと同時に、この資料を通してWSやセミナーを設けながら、知識と同時に「本質を感じ取る」「自分の人生で目の前に現れる問題の解決方法を編み出す」力を、その道筋を身につけていただくことができるような進め方をとっていきます。
実際、現段階でも既に、私から他の心理学理論を学ばれた方は、「理論だけではなく、この裏で何が本質なのか、何か真髄が見えてくる」というような感想を何名もが下さっています。
モニター受講の方法
本来は、これらの資料は、私が近い将来、セラピスト養成システムを打ち出した時に、また、それまでも自他ともに心と身体を扱う対人支援をしていきたい、そうでなくともまず自分の心身を整えて健康と自律と自己実現の人生を手に入れ、健康を維持し、不調にもう陥らないような心身を作っていきたいという方々に対して、私の既に立ち上げ主催しているコミュニティ(Easy Going Life Community;EGLC)の活動におけるセミナーなどの中で配布しようと思っていた資料です。
ただ、資料を作った時(以前に別の心理理論に関して資料を作った時もそうだったのですが)、やはり誤字脱字やみやすさの面ではレイアウトをもう少しこうした方が…ここに文章上の矛盾が…というものが、見つかってくるものです。
更には、私は資料を作成する際、常に、自分で自分の書いた文章を見つめ、いろいろな視点から自分に質問をしてみます。つまり、受講生がこの資料で私の説明を聞いた時、どのような質問を出して来る可能性があるだろうか、常に様々な受講生になったつもりで確かめながら資料を作っていきます。
しかし、実際、資料を使ってセミナーを開き、講義をしてみると、受講生たちからは実にさまざまな角度からの素朴な疑問から奥深い質問まで、投げかけてくれます。
そんな質問を躊躇なく素直に下さることが、それこそ私と信頼関係(ラポール)を持って下さっているということですからありがたい限りなのですが、そして、そんな質問を出すことができる資料であるということ自体、大切なことなのですが、そんな中でも、やはり「ああ、こちらからの視点の書き方も付け加えておけば良かったな」「この見方は、別の角度からのこういう質問をできなくしてしまうかもしれない」などと、思うことがあります。
こうした発見のために、受講生に監修役をしていただきたいわけです。
ただ、現段階、立ち上げたばかりのコミュニティのメンバーだけでは、監修役が足りません。
そのため、この度は一大決心をして、外部からも受講モニターを募ってみることにしました。
資料の中でも1章ずつ、お好きな章を、1回ワンコインで受講いただけるシステムとしてみました。
そして、ワンコインで基礎心理学を多角的な学び方をしていただける代わり、誤字脱字や、レイアウトミスなどの指摘、そして、何よりこれがあなた(各受講生)たちにしかできないことですが、あなたの学ぶ姿勢や角度から、率直、素直、素朴な質問を、遠慮なくいただきたいのです。
何より、ひとの心や自分の心に興味があったり、自分の人生に真摯に向き合おうとしているがゆえにこの記事と巡り合って下さっているあなたに、一端でも、「"本質"に近づくための学び」「自分自身の本質を自分で掴み取って行くための道筋を作るための学び」を、体験していただきたいのです。
あなたの心・魂の本質、また、世界の本質、宇宙の本質は、あなたが会いに来てくれることを待っています。
そしてそれは、外側の「知識」からは、決して教わることができないのです。
その道しるべをお手伝いし、その道行きに寄り添わせていただく、これが、私の活動(Easy Going Life Partner)の本質でもあります。
詳細の受講方法などは、ぜひ、以下のリンク(私のセラピールームの特設ページに飛びます)をご覧ください。
また、資料作成にあたる私の思いなどを記した、資料の「まえがき」も掲載しています。