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香り語る。

昨日の夜は何を食べましたか。それは、どんな匂いでしたか。 好きな香りはたくさんある。夕飯時のお出汁。うんと熟した桃。カスタードのバニラ。同級生がお泊まりのときに付けてたボディクリーム。夏のはじめの、草刈りされた土手原。ヨモギの葉の裏はコーラの匂い。(これは、あまり共感を得られた試しがない。)憧れの香水、借りた体操着の柔軟剤、洗い立ての犬、父の煙草。まだまだ不安定なコーヒーのドリップだって、上手くいっているときには、飲まなくたってわかる。最近、ようやく、の話だけども。 香り

    • もゆる毛皮。

      今年の冬はよく冷える。 帰宅して真っ先にエアコンの暖房を入れる。風を直に受けてみるも、運転はじめは心なし、外気がそのまま送られてくるようなつめたさだ。もたもたと上着のボタンをはずしにかかる。もたもた。言い得て妙だ。結局あきらめて、中途半端な身のまま石油ストーブの火を起こす。じっ、じっ、ぼっ。小さい爆発みたいのが起きて、指先がじんと温まる。皮膚の下を血が巡り、筋肉を撫でる感覚。人類の叡智_などと、科学館のスケールでの感謝に、自分一人で思わず笑った。化学繊維のマフラーがすぐに熱

      • 傘とチョコレート。

        スマートフォンは、今や脳の代わりになった。いやだね、と、センセイは言う。考えること、その起点、先の表現に至るまで。図鑑を開くに、人間は、頭を大きくするために進化をしてきたみたいだ。今日も首が痛い。ついでに、腰も。頭を外に出したから、そのぶんだけ身軽に、どこまでも歩いてゆける気がする。大陸を渡ったご先祖さまの旅路よりずっと遠く、軽くなくちゃ、宇宙にはいけないね。 あのチョコレートはいつまでが新発売で、いつまでぼくは本を読むんだろう。 綺麗に食べれた手羽先の、ふたつに別れた細

        • 抜けない画鋲。

          新年度に向けて、新しいノートを買った。 ちょうどまでとはいかなくとも、2、3ページを残して、あとは真面目なテキストで真っ黒だったり、端々で絵しりとりに興じていたりで、使い切った!という感じがすると、心の凹の部分が少し潤う。 買い換えると言っても、商品自体はもう、自分の中で、コレ、というのが決まっているので、インターネットを使うようになった。文房具屋さんでワクワクするには、少し時間が足りない日々。 しかしまぁ、普段よりふたまわりは大きいノートが届いた。注文を間違えた。A5を頼ん

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        香り語る。

          冷たい涙。

          最後に泣いたのはいつですか。僕は、いちいち覚えていられないほどにしょっちゅうです。なんとも情けがないけれど。 情があるから泣くんだろ、なんて思っていたけれど、涙が出るとき、きまって体は熱いのに、涙は冷たい。爪の食い込むほど握り込んだ拳に、本当にパタパタと音を立てて落ちて、それで、体も気持ちも思考も置いてけぼりにして、ひとまとめにして惨めだなぁと他人事みたいに眺める嫌な冷静さだけ遠くに行ってしまう。 自分を守るための機能の「自分」に、その辺り入れてもらえない。仲間外れでいるのに

          冷たい涙。

          欲と乾き。

          同窓会が中止になって、ホッとした。どうしようもなく好きだったあの子も、今思えばほんの子供で、たかだか3週間の席替えに一喜一憂していた日々こそ懐かしいが、顔も名前も大して思い出せない。LINEのグループへ、しつこい招待に根負けして参加をすると、僕が最後で、誰も死んでいなかった。 人がいま何をしていて、僕がいまどうしているのか。そんなものをシェアしたって、どうなるでもない。それでも、知りたいような、知られたいような、ここぞとばかりに顔を出す顕示欲。自尊心とさえ呼ばせてくれない。一

          欲と乾き。

          浅い眠り。

          指の一本さえ動かない。意識をおいてけぼりにして、体だけが9.8m/s2で沈んでいく。足の先から順繰りに力を込めて、ようやく眼球だけが動いた。あたりをぐるりと見回し、全然知らない場所に放り出されたのではなくて、自分の部屋にいることを確かめて、とにかく、息をつく。実際、ため息を吐き出すほどの体の自由はなく、あくまで、気持ちだけの問題だ(身を切るような思い、のようなもの。腹がよじれる、は、それらの仲間ではなさそう)。不意に、腰の上に重たさを感じる。息苦しいほどの質量。寝間着の上から

          浅い眠り。

          超えない段差。

          通勤ラッシュの駅構内で寝転びたい。 人に迷惑をかけたいわけでも、まして、注目を集めたいということでもない。できることなら、その場から消え去ってしまいたいと、思う。酷い乗り物酔いで、細かく震えるというか、ほとんど痙攣している両足を、なんとか交互に前に出す。歩いているとは、とても言い難い。目的地にたどり着くためでもなく、ただ、自分以外がそうしているから、そうしている。喉の奥に何かがつっかえているような気がして、うまく息ができなくなる。加えて、マスクのせいで空気も薄い。朦朧とする

          超えない段差。

          成人前夜。

          僕は明日ハタチになる。0時になっても魔法は解けない。革命は起こらない。いずれにしてもこれは、10代最後の文章で(いわば遺書で、遺言で)、今の僕にはなんてことない代物だけど、いつか、ちょっとだけ特別なものになるかもしれない。 将来に対する漠然とした不安とか、なんだかんだ、どうにかなるだろうと思っている根拠のない自信は、いつか消えてしまうのだろうか。卒業アルバムを捨てたい衝動も。自動販売機のアイスも。最後のバスを逃してローファーで山道を20分下った。駄菓子屋はまだそこにあるだろ

          成人前夜。

          忘れた明日。

          駅をふたつ乗り過ごす。長椅子にそれぞれ2、3人が眠っている。読みかけの文庫本は上着のポケット。夜はまだずっと先を走っているみたいだ。 夏の雲と、工場の煙突から絶えず生まれる煙とはよく似ている。幼い時分は、世界中の雲と、まつりの綿菓子と、羊とを、その工場が作っているものだとばかり思っていた。みんなおんなじだと思っていたのに、世界を知るたびにひとりになっていく。誰一人として僕ではない。もちろん、僕を含めて。毎晩のように爪を切るよ。薄い皮。はねた欠片を踏んで足の裏がチクリと痛んだ

          忘れた明日。

          熱と死。

          人は死んだらどうなるのだろうか。 かくいう僕は、死んだことがないからわからない。まわりにも、死んだっきりの人はいるけれど、もれなく死んだままなので教えてくれたことはない。知らなくたって生きてはいける。何にも考えなくたって、みんないつか死ぬ。これを書いている数秒数分の間、この瞬間にもアフリカでは飢えた子供たちが戦争に巻き込まれて死んでいるし、新宿でも誰か死んだと思う。僕もあなたもいつか死ぬし、それがただ今では無いというだけだ。 最近は暑すぎるのか、単にピークが過ぎただけなの

          熱と死。

          蝉の夜鳴き。

          部屋の東の壁に面したベッドには、朝になると否応にも光が降り注ぐ。海の方までずっと見渡せる窓だ。例年であれば、花火だって見える。人混みは苦手だし、ベッドの上で食べるアイスクリームは格別だ。(その日だけは、布団を敷いたままで飲食をしていい決まりになっている。僕の脳内ルールのひとつ。他にもいろいろあって、しばしば破られる。)朝の早いこの季節も、寝苦しいな、と思うくらいで、特段それで起こされると言う訳でもない。寝汚なさには中々自信がある。僕ほど睡眠に執着し、尚且つ時間を割く人間ばかり

          蝉の夜鳴き。

          スクラップ&ロスト

          1年も街を離れれば、その様相は随分と変わってしまう。地形に極端な特徴があるか、なぜだか潰れない布団屋を目印に歩く。前入っていた店の名前も思い出せないテナントビル、オープンした時だけ繁盛していたラーメン屋、閑古鳥の巣があるのはおそらくあの辺り。僕が見ぬ間に3度も看板が塗り替えられたらしい。 僕は普段、築40年、4階建て、コンクリート打ちっぱなしのオンボロビルで過ごしている。ワンフロアギリギリに作られているせいで階段に踊り場は無く、ドアを開けるときには部屋の内側からもノックしな

          スクラップ&ロスト

          夢の気まぐれ。

          こんな夢をみた。 金曜日の帰り道は、レンタルビデオ屋で待ち合わせをしよう。VHSなんてもう1本も置いていないのに、いつまでもDVD屋さんとは呼べないね。いつかはブルーレイ屋さんになってしまうのかな。想像もつかない。お互いの好きなタイトルを借りよう。二人ともホラーは得意じゃないのに、時々、示し合わせたみたいに持ってくるのはなんでだろう。きっと一人じゃ観られないからだね。再生する前にお風呂に入ってしまえばへっちゃらだよ。たまにはピザもとろう。とびきり大きいサイズの、ハーフ アン

          夢の気まぐれ。

          夜に迷子。

          ここはどこだ。 僕は一体、何者だ?とはならない。前者にはなる。幸いなことに、もしくは、残念ながら。記憶もちゃんとしているし、身分証明証だって持っている。けれど、そういうことじゃないんだって。自分がどこにいるかわからないときは、そういうことを考えてしまう。知らない道には、そんな力がある。夜中なら尚更。 昨晩、普通であれば15分かそこらの道のりを、きっかり1時間かけて帰宅しました。別に、寄り道をしていたわけじゃあないのです。何度か行ったことのある場所だったし、ナビだって起動し

          夜に迷子。

          猫を拾わなかった日。

          ある秋のよく晴れた日の午後、僕は一匹の黒い猫を拾わなかった。 偶然だったのだ。偶然、偶々。その日は確か文化祭の前日か何かで、昼食も取らずに学校を出た。そうでなければ、明るい時分に帰ることはほとんどない。模擬店を出すらしい級友たちの熱気は、どこまでも他人事のようであった。適当な理由を付けてHRを抜け出し、自転車のペダルに緩く足をかける。山の上にある学校から、海沿いの家まではずっとまっすぐの下り坂。帰るのもなんとなくおっくうで、普段よりずいぶんゆっくりと流れる景色を、ぼんやり眺

          猫を拾わなかった日。