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『ホラーが書けない』1話 小説がうまく書けない素人作家の言い訳【Web小説】

【あらすじ】

 ホラーやオカルトなどにまったく関心はなかったが、友人に霊感があることを知って、紫桃しとうは怪奇な世界に興味をもった。

 幽霊や妖怪などのアヤカシは存在するのか。霊感がある人には何が視えて、どんなふうに日常を過ごしているのか。

 ゼロ感だとわからない世界に魅入られて、友人の体験をもとにしたホラー小説を書いてみることにした。

 しかし書き始めてみると紫桃はすぐに壁にぶち当たり、「ホラーが書けない」と苦悶する。その理由は――。

 ホラーだけどあまり怖くない。でも想像力を駆使するとゾクッとする、奇妙な現代ドラマへ紫桃が案内していく。


第1話 素人作家は今日も執筆で苦悶する

 手を止めると、カチカチカチッとキーボードを打つ音が消えて部屋が静かになった。

 窓に背を向けているから気づかなかったが、レースカーテン越しに光が入ってきて室内はかなり明るい。

 開いた窓から向かいの住人が庭木に水をやっている音が聞こえ、野鳥のさえずりも流れこんでくる。ふり向けばカーテン越しに空色が見えていて、今日もいい天気になりそうだ。

 人の動きが少ない早朝は生活音があまり聞こえず穏やかな時間が流れる。そんなすがすがしい環境で、俺――紫桃しとう――はホラー小説を書いている。

 俺の一日は仕事が3分の1を占める。残り3分の2がプライベートな時間になるけど、仕事の残業があったり付き合いで飲みに行ったりして削られていく。

 家に帰れば一人暮らしなので家事もやらないといけない。睡眠は重要なので十分に確保すると、執筆に使える時間はとても少ない。そこをやりくりしてなんとか時間をつくっている。

 執筆スタイルはだいたい同じだ。夜のうちに構成を練って下書きしておく。きちんと睡眠をとって、翌朝にすっきりした頭で小説を書いていく。

 執筆タイムを朝にしたのは、雑音が少なくて集中できるからで、夜明けとともに起床している。

 寝起きはつらいが、にがめのブラックコーヒーをちびちびと飲み、寝ぼけた頭を徐々に覚醒させる。ついでにストレッチ体操なんかもして体をほぐしていく。思考が明瞭になったら執筆スタートだ。

 そうして俺はさっきまでノートパソコンに向かって文章を打ちこんでいた。最後のシーンまで書き終えて一本の小説になったが……

「―――ッ!!」

 またしても納得できず悶々もんもんし始める。

 ホラーなのに……
  ホラーじゃない……

 ホラーなのに……
  ホラーじゃないッ!

 友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――が体験した奇妙な出来事を書いたホラー小説が画面に映っている。

 コオロギの身に起きたことはまぎれもなく怪異だ。もし俺が同じ目に遭ったら悲鳴をあげて逃げ出し、その場所には二度と訪れないだろう。

 それほどのことなのに、確かにホラーなのに、体験談を忠実に書くとホラーじゃなくなる。ジャンルを「ホラー」設定することに躊躇ちゅうちょするホラーって……。

 おいぃぃ―――、コオロギいぃぃ……
 もっとさ、こうさ…… ホラーになるように……

 こうして俺のホラー小説は迷走するんだ。


 ホラー系の物語は、不運な出来事に遭遇して理不尽な流れに進むのが定番だ。平和が壊され、不安や恐怖の展開が続くホラーは、読んでて落ちつかないし、バッドエンドを迎えて、後味の悪さをしばらく引きずることだってある。

 それなのに人がホラーを求めてしまうのは、非日常やスリルを疑似体験したいからなんだろう。

 俺は趣味でホラー系の小説を書いている。体験談をもとにしてるから内容を大きく変えないように心がけ、リアリティーを残すようにしている。
(ただし個人情報やプライバシーに配慮して加工している)

 体験談を伝えたいけど、それだと怖さを表現することが難しくて……。

 怖さをうまく書けないのは、俺に文才がないこともある。それは認めるよ。でもほかにも問題があって、ホラーを書く者にとっては致命的と言ってもいいかもしれない。

 その致命的な問題のことなんだが、それは……

 体験談をそのまま書くと、コメディーになってしまうんだ。

 状況や流れは気味が悪いのに、ラストでコメディーになる小説。それって、ジャンルをホラーに設定していいものなのか?

 俺の小説ネタは複数の人たちの体験談ではなく、一人の友人からのものだ。そいつは奇妙な出来事に数々遭遇しており、クリエイターなら涙を流して喜ぶネタの詰まった宝箱のような存在だ。

 そんな友人に恵まれた俺は幸運なのだろう。しかし物事はすんなりといかないのが世の常だ。

 今、キミが読んでいるこの小説は、俺の創作の裏側をつづっていくだけのアーカイブ的なところだ。だからオチには期待しないでくれ。


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▼Web小説『ホラーが書けない』をまとめているマガジン


  【完結済み】

Web小説『ホラーが書けない』

第1話

  • 【あらすじ】

  • 1話 ホラーを書くと決めた素人作家は悶々もんもんと悩み続ける

第2話

コミュニケーションに必要な「5W1H」は取材でも役立つ

第3話

友人が怪異に遭遇した! しかも都内の事案というから驚きだ

第4話

怪異は突然やってくる。そう、朝の通勤電車に乗ってるときにも

へんぺん。 壱

『電車内の強引なナンパにご注意』【紫桃のホラー小説】

第 4.5 話 よもやま話(1)

東京に妖怪「袖引き小僧」がいるかもしれない

第5話

「怖い」のは何? 人によって異なる「怖い」を分析してみた

第6話

怖いと思ってしまうのは生まれつきなのか? この疑問を分析してみた

第7話

登場人物たちが標準で「霊感あり」なのがモヤモヤするんだ

第 7.5 話 よもやま話(2)

春夏秋冬など節目に行事を設けているのは理由ワケがある?

第8話

霊感があっても仕事はごく普通なものだ

第9話

給料? 勤務地? 仕事さがしで気にしてることは何?

第10話

仕事を選ぶ基準にアヤカシが関係している!?

第10.5話 よもやま話(3)

東京に妖怪「スネコスリ」もいるかもしれない

第11話

職場を変える理由が「同じ場所に長くいたくないから」。なんで!?

第12話

アヤカシの察知は別物だけど、探知能力はみんなもってる

第13話

ゼロ感でも鍛えれば霊感は身につくのかな

へんぺん。 弐

『登場するときアヤカシは工夫する』【紫桃のホラー小説】

第14話

いろんな出会いがある中、霊感がある人との出会いは…

第15話

社会人になって学校に通い始めた。学校生活は充実してる

第15.5話 よもやま話(4)

男と女の友情

第16話

この人、不思議な能力があるかもしれないと気づいたとき

第17話

勘で言ったとは思えない! それは予知…?

第18話

霊感のある友人が肌をだすことを避けている理由

第19話

怪異は前ぶれもなく襲ってくる

へんぺん。 参

『イタズラを仕掛けたのは誰?』【紫桃のホラー小説】

第20話

ゼロ感と霊感アリ●●では見えてるモノが違ってた!

第21話

映画やドラマみたいにアヤカシは視えているの?

第21.5話 よもやま話(5)

霊感があるから心霊写真が撮れる?

第22話

怪奇体験をしてる友人の異能スペックはこうだ!

第23話

いつも利用する駅近くに幽霊がいる!?

へんぺん。 肆

『スマホを見てるときに現れたのは』【紫桃のホラー小説】

第24話

幽霊や妖怪などのアヤカシはどう視えてるのか語りだした友人

第25話

路面電車で遭遇したアヤカシ

へんぺん。 伍

『寺には親切なアヤカシがいた』【紫桃のホラー小説】

第26話

霊感の都市伝説「霊感は感染する」は本当?

第27話

霊感以外にも不思議な能力を人は持っている

第27.5話 よもやま話(6)

自分が言った言葉コトに責任を持てといわれるのは

第28話

満月を見ると思い出すコト

第29話

今のは予知なのか!?

へんぺん。 陸

丁字路ていじろで多発する事故』【紫桃のホラー小説】

第30話

高層ビルから夜景を見てもロマンチックな雰囲気にならない

第31話

霊感だけでも珍しいのに予知能力もある?

第32話

身近なのによくわかっていない「夢」は謎が多い

へんぺん。 漆

『木版に刻まれた謎の文字』【紫桃のホラー小説】

第32.5話 よもやま話(7)

霊感がある人には「あるある」なコト?

第33話

アヤカシもいろいろ。姿はなく「音」だけのヤツもいる

第34話

アヤカシに振り回されてる。対処法は自分で探すしかない

第35話

音は合図? アヤカシが伝えたいことはなに?

へんぺん。 捌

『境界に怪はうごめく』【紫桃のホラー小説】

第35.5話 よもやま話(8)

お盆は先祖が帰ってくる

第36話

怪異といってもさまざまな現象がある。ニオイだけとかね

第37話

ニオイだけのアヤカシがいる。しかも身近に!

第38話

童話のような世界観。夜にぽつんとたたずむ喫茶店

第39話

怖いだけじゃない、癒やしをくれるアヤカシもいる

第40話

正体不明、ニオイだけのアヤカシ

第41話

数々の怪異と遭遇した友人が嫌うモノ

へんぺん。 玖

『何もないのにケモノのニオイがする』【紫桃のホラー小説】

第42話

経験したからといって怪異に慣れることはない

第43話 (最終)

ホラー小説を書くのやめようかな……



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カクヨム
 神無月そぞろ @coinxcastle


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