『ホラーが書けない』 へんぺん。寺には親切なアヤカシがいた【Web小説】
『やさしい怪異なら歓迎したい』
青空の下で元気いっぱいに遊んでいる子どもの楽しげな声が響き、保護者がやさしい眼差しで見守っている。そんなすてきな公園に立っている説明板には……
『昔、浅茅ケ原の一軒家で、娘が連れ込む旅人の頭を石枕で叩き殺す老婆がおり――』(抜粋)
旅人を石で殺めた怪力老婆と関係のある場所だと、おどろおどろしい伝承が堂々と書かれており、現在は東京都指定旧跡と教えている。
春のような平安と冬のような恐怖が背中合わせにある、そんな東京が好きだ。
都内では、むかしと変わらず奇妙な出来事が当然のように発生する。浅草にある寺で不思議な体験をした。
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東京の観光地で有名なところといえば「浅草」。
浅草は浮世絵にも描かれている人気のスポットで、〇〇寺のような古刹や江戸時代に誕生したという遊園地、それに老舗が点在していて歴史という単語がぴったりくる。名所が多くて食事やおみやげに困らない浅草は観光地としては最高だ。
外国人観光客もたくさん訪れる浅草に来ている。でも自分は浅草の人気スポットを見に来たわけではない。見たいのは〇〇寺にある建築物とカエルの像だ。
都の文化財に指定されている木造建築物はどんな木の組み方をしているのだろうか。装飾的な彫りものはあるのか、屋根はどうなっている? 色は?
造形美を空想してうずうずする。日本の歴史と芸術を感じられる建築物を間近で見れることに気持ちが昂る。
そしてカエル。蛙の神像があると知れば、カエル好きは飛びつく。サイズは大きいのか。どんなポーズをしているのだろう? 表情は?
動物を彫った石像はいろいろあるけど、狛犬や稲荷に比べてカエルは少ない。想像がふくらんでわくわくする。この二点が見たくて浅草に来たのだ。
〇〇寺に着いたはいいが途方に暮れた。位置を調べてマーカーを付けた地図は用意したけど、敷地が広すぎて場所がわからない。歩きながら探してみるしかないか……。
目印を探して境内を歩いてみたけど物が多い。小さな社がそこらかしこにあり史跡も点在している。それに名所とあって参拝者が多く、池には人だかりができて鯉が泳ぐ姿を撮影しようと混雑している。ごちゃごちゃしていて探しにくい。
到着して数分後。
(う―――ん、わからない)
すぐに見つかると思ったけど、いろいろありすぎて探しにくい。建築物もカエルも目立つものではないから考えが甘かった。
ヒントはないかと見回していたら大きな案内板を見つけた。問題が解決しそうなので期待しながら向かうと、近づくにつれて掲示の内容が見えてきた。案内板には求めていた境内案内図がイラストで描かれていた。
(よし。だいたいの場所はわかった。行くぞ!)
覚えた境内案内図を頼りに、てくてく歩きだす。横道と交差している場所を通りすぎる寸前で、後ろに束ねていた髪の毛を引っ張られて足を止めた。
ここは人気の〇〇寺だ。観光客が迷ってしまい、道を聞いてきたのかとふり返った。
(あれ? 誰もいない)
やさしいタッチで二回髪を引っ張ってきた感覚があった。でも髪を引っ張ってきた方向には誰もいない。辺りを見回して探していると、道が視界に入った。
(この道、何か引っかかる……)
首をかしげ思考をめぐらせながら道を眺める。そして気づいた。
(そっか! 曲がる場所、ココだ!)
さっき見た境内案内図が浮かんで曲がる予定だった場所だと思い出した。もやもやがすっきりしたら、さっきの合図が気になってきた。
念のため相手を探してみる。ここには派手な物はないので人通りがまばらだ。近くに人はおらず、離れたところで参拝者が観光を楽しんでいて該当者は見当たらない。
(勘違いではなく、誰かが接触してきたはずだけど……)
引っ張られた髪の先を自分でも引っ張ってみると同じ感覚を受けた。
(ほ―――ん。感覚は一緒だ。
道を教えてくれたけど、相手はヒトじゃないナニカみたいだなあ)
寺にいるナニカは方向音痴のニンゲンを不憫に思ったのか、親切に曲がる方向を合図してくれた―― そんな感じがした。
(妖さん、ありがとう!)
心の中でお礼を言い、教えてもらった道を進むと目的の建築物にたどり着けた。
歴史のある芸術品との出合いにほうっとなり、造形をじっくりと眺める。近くまで寄れるのがうれしくて自然と頬がゆるんだ。
十分に鑑賞できたら境内案内図があった場所に戻り、案内図と持参した地図を照合する。
(今度はカエルに会いに行くぞ!)
さすがに二度目は迷子になる心配はない。それに一本道だったので間違えようがなかった。
二つ目の目的地へ着くとカエルを探す。てこずるかと思ったが、好きなものは目ざとく見つけるものですぐに発見できた。
蛙の神像はなかなか迫力があり、出合えた興奮を抑えながら見る角度を変えて造形を楽しみ、写真を撮りつつ心ゆくまで眺めていた。
建築物は見れたしカエルにも会えた。いつもだと方向音痴のため手間どるのに、驚くほどスムーズにたどり着けて満足だ。ほくほくしながら境内から出てふり返ってみると、夕方というのにまだ多くの参拝者がいた。
なぜかは知らないが、たまに姿の見えないナニカが自分にちょっかいをかけてくる。しかし自分には姿が見えないし、声も聞こえないから意図がわからない。
手を引っ張る強引なナンパをしてくる妖には、ふり回されて不快な思いをすることが多いけど、寺の妖のような親切ならうれしい!
(毎回これなら歓迎ですよー!)
心の中で叫んだあと、境内に向かって一礼した。踵を返したら鼻歌がでそうなくらい上機嫌で寺をあとにした。
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片々(へんぺん):
きれぎれになっているさま。
紫桃のホラー小説『へんぺん。』シリーズより
壱 「電車内の強引なナンパにご注意」
弐 「登場するとき妖は工夫している」
参 「イタズラを仕掛けたのは誰?」
肆 「スマホを見てるときに現れたのは」
伍 「寺には親切な妖がいた」
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カクヨム
神無月そぞろ @coinxcastle
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