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【小説】掌編・短編(こころのかけら)

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これまでとこれからを見つめた、掌編小説や短編小説たちです。ひとつでも心に引っかかる作品があれば嬉しいです。
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記事一覧

【掌編】神さまの処方箋+ご挨拶

【掌編】神さまの処方箋+ご挨拶

風邪をひいてしまった。思い当たるのは、薄着にベッドで、ひたすら泣き明かしたことだ。

失恋の前に「大」がつくレベルのダメージだった。もう恋なんて二度とするもんか、と強がれば強がるほど、傷は深くなるようだった。

ぼーっとしたまま、アパートの狭いベランダに出た。春の温もりを帯びた優しい風も、今は虚しさを助長するにすぎない。

今はただ、現実から逃れたかった。外では遊具類に戯れる子どもたちの元気な声が

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【掌編】生ぬるい春に整うパズル

【掌編】生ぬるい春に整うパズル

本作品は、「神話創作文芸部ストーリア」4周年記念祭へ参加している掌編小説です。あみだくじで2つのテーマをもらい、それらを掛け算して作品を書くという企画です。私に与えられたお題は「花」×「巡礼」でした。

それでは、お楽しみください。

生ぬるい春に整うパズル

言葉より先に、花はそこに咲いていた。私は貴方が貴方自身を望む以上に、貴方のことを想っているの。

沸騰を知らせる甲高い音で、俺はうたた寝か

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【掌編】ピカピカ

【掌編】ピカピカ

神話創作文芸部ストーリア/お題【馬】(1000字以内)

ユニコーンを父に、ペガサスを母に持つアレクには、しかし角も翼も授けられなかった。兄弟たちはアレクを憐れみ、また疎んじた。しかし、父と母だけはアレクに惜しみない愛情を注いだ。そのおかげで、アレクはのびのびと育つことができた。

父母が神に請われて長い旅に出ることになって、アレクを取り巻く状況は一変した。守ってくれる存在がいなくなってしまい、ア

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【掌編×短歌】ほどける

【掌編×短歌】ほどける

窓辺には金木犀の香りまたきみがほどけるきっかけを生む

人の記憶は、匂いと強く繋がっているという。ウェブ記事で読みかじっただけの知識だから、深い理由や正確な仕組みはわからない。けれど、いま私のとなりにいる彼を見れば、そのことが実感として理解できるのだ。

半休の取れたとある秋の水曜日、私は昼ごはんもそこそこに済ませ、急いで帰宅した。自宅に到着したとき彼は、寝室でまだ横になっていた。遮光カーテンも開

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【掌編】分けあった季節

【掌編】分けあった季節

神話創作文芸部ストーリア/お題【収穫】(1000字以内)

豊穣とは、枯れ朽ちる手前のいっときの喜び。祝福された実りを手にする人々にとって、収穫とは、その喜びを分けあう、かけがえのない作業だ。

幼馴染のフレイは、あどけなさの残る頬に土ぼこりをつけながら、僕の家の果樹園の収穫を手伝ってくれている。

「見て、ディン。とても立派な葡萄」

フレイは笑顔で、僕にたわわな一房を見せてくれた。そのうちの一

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【掌編】宇宙のひみつ

【掌編】宇宙のひみつ

神話創作文芸部ストーリア/お題【杖】(1000字以内)

朽ちた枝のように見えるこれは、実は魔法の杖なのだ。そのことを知っているのは、私と黒猫のルルルだけ。

一週間前、私は公園でその杖を見つけた。ベンチの隅に無防備に置かれていたのだ。大発見だった。だから嬉しくて、私はルルルと駆け寄った。そのとき、うっかり石につまづいて、あっけなく足首をひねってしまった。

果たして今、私は松葉杖を使っている。最

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【短編】こうしてぼくらは

【短編】こうしてぼくらは

こちらの作品は、「神話創作文芸部ストーリア」の夏の企画への参加作品です。テーマは「学園」。創作神話の世界に、しばし浸っていただけたら嬉しいです。

昶斗の自覚は、夏真っ盛りのとある夜だ。僕、伊知が一人暮らししているアパートで、男子二人であほらしい動画を観ながら酒盛りをしていたときのこと。急に黙り込んだ昶斗は、一筋の汗をあごから垂らしながら真顔で、こう僕に告げた。

「自分でも、どうすればいいかわか

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【掌編】ルビーの涙

【掌編】ルビーの涙

この国では何もかもが灰色だ。生まれたときからそうだったのだから、そこに疑問を挟む余地などなかった。それが当たり前すぎて、思考の俎上に載せられることさえなかった。

だから、僕はその旅人を見つけたとき、すぐに異国の者だとわかった。おんぼろの布切れをマントのように纏い、破れたズックの上下に身を包んだ旅人の、しかしその瞳ばかりが、今までに見たこともない色をしていたから。

僕は、ほとんど虫の息のその旅人

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【短編×短歌】なんとなく歌を歌えばそれとなくリズムを刻むきみとの暮らし

【短編×短歌】なんとなく歌を歌えばそれとなくリズムを刻むきみとの暮らし

お互い胸の内に深い傷を抱きながらも、その痛みとともに生きることを選択した、少し不思議なきみと、とても不器用な私の日常。

ふたりが過ごす季節を、短歌とエピソードで辿ってみたいと思います。どうか、一緒に見守ってください。

◈梅雨雨のなか白い紫陽花を睨んで私の名前を呼ぶのはやめて

とある日曜日、小雨のときは傘をささないきみが、ふと公園で立ち止まって「アナベル」という名前の白い紫陽花をじっと見ていた

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【掌編】花をちょうだい

【掌編】花をちょうだい

花をちょうだい。貴方のかびろき胸に宿る、潮風に揺れる一輪を私に。

その昔、ここに人々が暮らしていたことを知る者は、もう私しかいないだろう。なぜ自分だけが取り残されたのか、そのわけを、私は今日も探している。

かつての有史の終わりに、地球はついに怒りを爆発させた。此処に存在した人間という存在を根こそぎ流し去るが如く、大洪水を起こして、争いばかりを繰り返す、その愚かな歴史に終止符を打ったのだ。

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【掌編】虹を見たから

【掌編】虹を見たから

錠剤をヒートからゆっくりと取り出す。左手に載るのは、ラムネ菓子より小さな一粒。

彼は今、窓のない狭い部屋にいる。家族も恋人も友人も、皆が彼の自認を拒絶した。すなわち、「僕は神である」と。

当然ながら、周囲の人々は異口同音に「妄想だ」と彼の言葉を否定した。しかし、そんなものはどこ吹く風、神を自認すると、彼は人々が縋っている倫理がいかに欠落的で独善的かを俯瞰できるのだという。そして、その欠落や独善

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【掌編】ウィル・オ・ウィスプ

【掌編】ウィル・オ・ウィスプ

己の呼吸と重たい衣擦れの音だけが、空間に響いている。もうどうれくらい此処にいるのだろう。周囲は、相も変わらず闇に支配されている。冷え切った床と壁は、あらゆる生命の営みを拒絶しているかのようだ。

私は罪を犯したとされた。家族や恋人、私にとって大切な人々の誰一人として減刑を嘆願しないのは、私の罪が王の怒りに触れるものだったからであろう。

しかし、である。私はただ一言、こう詠っただけだ。

――光こ

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【掌編】セイレーンの涙

【掌編】セイレーンの涙

私が歌えば、人々は皆、自ら滅びを選んだ。私の歌声は、人々を激しく惑わすのだ。

しかし、そのことを私が望んだわけではない。私はただ、歌うことを愛し、歌うことに喜びを感じていただけなのに。

私を捕らえるべきという魔女キルケの進言を、オデュッセウスは取熟した。果たして今、私は薄暗い地下牢に閉じ込められている。キルケによって、歌を歌うと死ぬという呪いをかけられて。

日に一度、食事を差し入れるために兵

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【掌編/散文詩】戒飭――愛の「作法」

【掌編/散文詩】戒飭――愛の「作法」

貴方からの戒飭は、愛だと思っていた。疑う余地は一切なく、只管に僕は、貴方の愚かな信奉者であった。

このことを過去形で語るのは、綻びを是としない認識を今や僕が忌避しているからだ。貴方が春風を連れてくるならば、僕は全身全霊でそれを阻止する。

なぜなら、僕こそが綻びであった。貴方の愛は、綻びを縫うに足りなかった。つまり、貴方の創りあげたこの世界を唯一穢すのが僕という不完全な存在だった。

なぜ人間は

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