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詩集

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#ポエム

泡沫の詩

泡沫の詩

きみの背中をひらいて

そうすれば空は見えるだろうか

繋がれてしまえばよかった

きみの小指に

ささやかに佇む残響が

首すじを切り裂いてゆく

泡のような

霧よりも薄い

ぼくときみ

僕らを囲むものも

何もないんだよ

さわやかな音とともに弾けても

宇宙よりも細やかな何かへ

空よりもひろい何かへ

飛び交いながら

変わってゆくよ

茶埜子尋子

追憶の詩

追憶の詩

オルゴールの音色のように

穏やかな気持ち

ふたたび巻き戻すことはない

これっきりの時間

戻れると信じていたの

潤んだあの子が見つめてたから

レクイエムはあの子のために

ずっと待っていたのね

神さまからもらった手紙を

にぎりしめて

これからどんな幸せが待ち伏せても

この詩を忘れないから

緩やかにゆるやかに

沈んでゆこう

茶埜子尋子

蒼穹の詩

蒼穹の詩

約束でもないのに

逃れられないように

赤い雨がふる

番って

果てて

美しい時のままだけの

わたしたちでいられるように

自ら縛っているようなもの

囚われているのは

わたしたちではなく

この空なのです

ぽこぽこと浮き出る骨

不穏な手ざわりが

心地がいいこと

きみの背中をひらいたらば

そうすれば

空は見えるだろうか

まだ見ぬ

蒼穹を

茶埜子尋子

虎の目の詩

虎の目の詩

静かな夜の

おそろしい森

音も立てずに

抉っていく

白い牙を汚した温い血は

丁寧にきみの夢に

したたっていく

木々に染みこんでいく

行き場のない声

愚かなひとね

それも含めて

食事というの

やがておもむろに

立ち上がった

歪んだ影を見つめて

まだ何も

終わっていないのに

茶埜子尋子

潮騒の詩

潮騒の詩

呼んでいる

ざわめきの傍で

小さな陰が

花瓶の水が

揺れている

満ちてくる

穏やかな波が

浅瀬にふれて

音がなる

古いピアノの

高い音

掠れてまろい

体温のような

音がなる

私の子どもの名前は

満がいい

欠けたりしながら

迷いながら

擦れながら

満ちてゆく

大切なものだけ

両手に抱えて

茶埜子尋子

風花の詩

風花の詩

花のように

きみの手が風にゆれる

水面にうかぶ

月は夜へ消えてゆく

指先のひかりは

木の葉に風穴を開ける

ようやく咲いた

紫陽花の道

路面電車の下

散り散りになった砂は

新しい明日の朝日になる

結んでひらいて

輪廻の輪

いつもどこかで

鈴がなる

茶埜子尋子

海のしずく

海のしずく

永遠とおなじように

あなたの愛に

うかんでいたい

君のいのちの前で

軽々しく

白い血を

流しつづけていたい

時計の音と

あの日の約束の唄は

同じ音色

広い海の浅いところの

やさしい色に似ている

幸せにいちばん近くて

愛にいちばん遠いところの

美しい色

あの空が満たされるまで

今日のこの日のままで

枯れた花束を抱えて

流木に凭れて

小さな花

咲かせて

茶埜子

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星の子たち

星の子たち

にじいろを手にもって

光のアーチをくぐっていくと

あの子たちの王国に

辿り着くの

ひかりの不思議

奇妙なかたち

でこぼこの丸を

創り出して

滅ぼされた者たちの

亡骸の数だけ

国中が瞬きはじめる

やがて

夜の卵になって

美しいくにが産まれるの

青いペンをにぎりしめた

星の子たち

海をしらないまま

青い大地を

写し出してゆく

茶埜子尋子

ファースト・デイト・ナイト

ファースト・デイト・ナイト

とんでもない愛を

見つけたわけじゃない

落ちていたイチゴを

ただ拾ってみたつもりなのに

夜にはなにか

こころ脅かすキラキラがあるらしい

ぼくの靴は

ひとりでに赤い街へ

向かっている

行き交う人間どもの

仮面が美しいこと

夜とはこういうことなのだ

怯んだぼくの

またたきの間に

きみの吐息が降り注いで

次からつぎへ

激しく変わってゆく

きみに

時に

縫いつけられて

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インディゴ星人

インディゴ星人

青い肌に

無数の光

無いものだけが

そこにある

ささやかなエロスを

むき出しにして

あの日の陰を

照らしてく

この星にはまだ

生命はありますか

無造作に交わりながら

星の露を垂らして

やがて流れだすの

この星はインディゴの星

青くゆれる

長い尾のような

惑星のいとなみ

遊泳に似た陶酔

茶埜子尋子

リグレット

リグレット

灯台からみえる

淡いひかりの帆船は

白いかぜの上を進んでゆく

いつしか見えなくなっていく

陽だまりが肩を揺すったこと

オイルランプの囁きで
いくつも夜を明かしたこと

もう引き返すことはできない

ゆらゆら僕は

波に揺られている

ゆらゆら帆船は

風に揺られている

ひび割れた万年筆を手に取って

この海へ遺書を書こう

あの遠い国の物語と

懐かしい日々の思い出と

そして少しの後

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月の海

月の海

叫んでも

この声は

仄かなひかりになる

泣いた分だけ

輝きになる

わたしはこのまま

生きつづけるの

きみの手に触れたら

この哀しみはきっと

海になる

きみをのみ込んで

怪物になる

お願いわたしを

止めてください

抗っていないで
大きく吸って
青い星になりたいのなら

くちびるのしわに

染み込んだ

空気のたま

おどろおどろしい内蔵の

ひとつひとつに手をとって

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僕のなかの赤毛のきみ

僕のなかの赤毛のきみ

トキメキだけで

すべてを失ってしまえればいいのに

ほんの僅かな企みが

未だにぼくを

大切にしている

こんなはずじゃなかった

ぼくは何者なのだろうか

もっと上の

ひかりだけの世界から

やさしいうたが

聴こえているのに

ずっと遠くの世界から

僕らのこれからを

ささやいてくれているのに

むらさきいろの

向こうから

赤い手紙が

送られて

ずっと いっしょに いようね

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草原の輝き

草原の輝き

ちぎれた鳥の足が

僕を導いてゆく

跡をたどって

ぬかるみに

はまっているのも

知らずに

あの輝きへ

生ぬるい痛みも

忘れられた傷も

ぜんぶ

そのひかりで

思い出させて

破裂した音

きらきらと舞う

腐敗した肉

これは僕の記憶

君の手を汚す

ぼくの血液のほうが

何よりも温かいこと

浅ましくなる

それでも

僕の頬に流れ落ちた

君の涙のほうが温かかったこと

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