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VERNISSAGE

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1997年詩誌『VERNISSAGE』翌1998年詩書『やや あって ひばりのうた』から八編を収録。
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記事一覧

千慶烏子『VERNISSAGE』01

千慶烏子『VERNISSAGE』01

あなたは妹の黒い靴下をはき、わたしはお兄さまの革のベルトをしめて、おたがいの胸乳をおのおのの口に吸い合うのです。あなたは妹の黒いリボンをつけ、わたしはお兄さまの黒い靴紐をしめて、おのおのの口に青い鱒をつりあげるのです。水しぶきをあげて勃起している青い魚をおたがいの口にさがしあてては、それをおのおのの口に吸い合うのです。そうしてあなたはわたしの野良猫のようにまるいおなかに、そうしてわたしはお兄さまの

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千慶烏子『VERNISSAGE』02

千慶烏子『VERNISSAGE』02

男は鳥の滑空についてわたしに語りはじめるだろう。防波堤と時のゆるやかな腐食について男はわたしに語り聞かせるだろう。男の胸にゆだねられたきささげの白さを、男の胸にかさねられたわたしの胸の透けるような白さを、それとも男は愛したのだろうか。それとも騎乗する肉体のたけだけしさを男は愛したのだったろうか。ときおりその口唇にあたえられ、あたえられてはのがれてゆく乳房のはずみ、ときおりその口唇をあかるませるわた

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千慶烏子『VERNISSAGE』03

千慶烏子『VERNISSAGE』03

あなたは妹の黒い靴下をはき、わたしはお兄さまの黒い上着を着けて、おのおのの美貌に優しい吐息をさまよわせあうのです。あなたは妹の黒いリボンを解き、わたしはお兄さまの項に細い指をすべらせて、おのおのの瞳にかくされた朔の月をななめにあおあおと抱き合うのです。そうして海へとむかう鎧戸の錆びついた錠前をおとし、夜ともなれば音もなく更けてゆく蜜月の古い扉をおとして、あなたはあなたで古拙な十二音綴の詩行のもとに

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千慶烏子『VERNISSAGE』04

千慶烏子『VERNISSAGE』04

そしてわたしは男のなかで小さな呻き声をかすかにもらす。ながく尾をひく糸のなかばで断ち切られたような声をわたしはあげる。肩口に降りかかる枯れ葉をこまかく吹きはらうような息の乱れを、わたしはする。それはわたしのからだの遠いところ、わたしのからだのひどく遠いところからそれははじまり、護岸をなめる潮のひびき、葦の湿原を吹きまよう風の音色、深まる夜の岸から岸へと吹きいそぐ、おそらくはかささぎらしき鳥の声、そ

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千慶烏子『VERNISSAGE』05

千慶烏子『VERNISSAGE』05

あなたは妹の黒い靴下をはき、わたしはお兄さまの革のベルトをしめて、おたがいの美貌におのおのの名前を呼び合うのです。あなたは妹の黒い喪章をつけ、わたしはお兄さまの黒い腕章を結んで、おたがいの美貌にやさしい指尖をさまよわせあうのです。そうしてあなたは、お美しいあなたの美貌とうりふたつの妹の美貌にあなたの名前をお呼びになって、わたしはわたしで、わたしのお顔とうりふたつのお兄さまの美貌にわたしの名前をお呼

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千慶烏子『VERNISSAGE』06

千慶烏子『VERNISSAGE』06

わたしは瞳をとじるだろう。瞳をとじて男に接吻をあたえるだろう。海洋をめぐる一連の感情が、わたしの口腔に揮発するのをわたしはそこに見るのだろうか。夜をめぐる不毛なくりかえしが、わたしの瞳にまぶしく息を吹きかえし、わたしのからだにあふれるような樹木の枝をはりひろげてゆくのを、たしかにわたしは見いだすのだろうか。岸によせる潮のひびきがわたしのからだをみずみずしくうるおし、男の息にみちよせる潮の音色がわた

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千慶烏子『VERNISSAGE』07

千慶烏子『VERNISSAGE』07

おおむねわたしたちの吐息はわたしたちの手によって抵当づけられているのですから、わたしはお兄さまのいちじるしく根拠を欠いたお馬の名前にわたしのお口をやさしく印してさしあげて、あなたはあなたで便箋のようになめらかな妹の裸体にあなたの欲望の仮の名前をひどくいらいらと殴り書きして、そうしてときどきくすくすわらっておたがいの享楽を言質にとっては、おのおのの他人をひそかに横領するのです。あなたはあなたで妹の美

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千慶烏子『VERNISSAGE』08

千慶烏子『VERNISSAGE』08

わたしの樹木は海のひびきを聴いてはぬれるのだ。わたしの樹木は潮のかげりを聴いてはぬれるのだ。眼をかたくつむって足の尖まで萌え立つ光のしずくでいっぱいにしてしまうのだ。存在が悲しみに固執する、あるいは存在が悲しみにもやわれてある、およそそのようなありかたをよぎなくされた悲しみのなかで、あるいは悲しみに光がとらわれてある、さわさわとほどかれつつ悲しみに存在がゆだねられてゆく、およそそのようなありかたを

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千慶烏子『VERNISSAGE』09

千慶烏子『VERNISSAGE』09

しばらく間が開きましたが、編集会議の結果、noteではここまでということになりました。つづきは弊社PDF版(ISBN 978-4-908810-00-8)でご覧ください。

なお、本マガジンをご購入いただいた皆さまには、無償で弊社P.P.Content Corp.刊、千慶烏子著『VERNISSAGE』PDF版(ISBN 978-4-908810-00-8)をご進呈させていただきます。おそらくわが国

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