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千慶烏子『VERNISSAGE』02

男は鳥の滑空についてわたしに語りはじめるだろう。防波堤と時のゆるやかな腐食について男はわたしに語り聞かせるだろう。男の胸にゆだねられたきささげの白さを、男の胸にかさねられたわたしの胸の透けるような白さを、それとも男は愛したのだろうか。それとも騎乗する肉体のたけだけしさを男は愛したのだったろうか。ときおりその口唇にあたえられ、あたえられてはのがれてゆく乳房のはずみ、ときおりその口唇をあかるませるわたしの胸のあわい暈、その乳暈にくれそめた午後の日のおだやかな翳りを男はいっそう愛したのだろうか。肩からおちる髪と海のにおいをそれとも男は愛したのだったろうか。しなだれた茎のようなものがあわあわしく乳状に拡散するそのせつな、しなだれた茎のようなものがいらだたしく起き立ち、自刎するようなはげしさで飛び散ってゆくそのせつな、叢の一端からはじまり、やがてはじまりもおわりも不透明に見うしないつつ、海洋の彼方ばかりがおぼろげにこだまするそのせつな、わたしのくちびるはたしかに男のそれとかさねあわされていたのだろうか。男の苦悶のみずみずしい訴えは、折ってひらかれたわたしのからだにいそしぎのかたちでかさねあわされていたのだろうか。その鳥の名前。みずみずしくも黒い太陽とわたしは言い、いつも怯えてばかりいる臆病な侏儒、とわたしは言い、みちよせる潮のおごそかなひびきを聴きながら、寝台によこたわるまでわたしはそれを待てないといった。


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