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千慶烏子『VERNISSAGE』07

おおむねわたしたちの吐息はわたしたちの手によって抵当づけられているのですから、わたしはお兄さまのいちじるしく根拠を欠いたお馬の名前にわたしのお口をやさしく印してさしあげて、あなたはあなたで便箋のようになめらかな妹の裸体にあなたの欲望の仮の名前をひどくいらいらと殴り書きして、そうしてときどきくすくすわらっておたがいの享楽を言質にとっては、おのおのの他人をひそかに横領するのです。あなたはあなたで妹の美貌にあなたの渇きを喘がせて、わたしはわたしでお兄さまの美貌にわたしの喘ぎを身悶えさせて、そうしておたがいの猥褻な証拠を握りあってはこれに密かな代理署名を行うのです。

 

おおむねわたしたちの存在の奇妙な瞞着は、おたがいの尾を噛み合う二匹の双子の蛇のようなものなのですから、わたしの乳房を夜ごとたわたわとすわぶってくださるあなたの陰萎の吻は、ひとしお内密なわたしの辟易ですのよ、お兄さま、などとわたしはわたしで、お兄さまの瞳にながながしい接吻のあえぎをすべらせて、あなたはあなたで、夜も更けた妹の肌に、舌のちぢれた接吻の吐息をやさしく伝わせてくださって、そうしてひとつの抱擁にかたく身をよりそわせては、あなたはわたしの鴃舌の僕に、わたしはわたしでお兄さまの盲目の婢に身をおきかえて、おのおのの主にうやうやしい不敬をもってかしずくのです。


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