東京と台風ニュースと内定
「ごらんのように、風が次第に強くなってきています。不必要な外出はお避けください。」
風がマイクに拾われるザザザザという音とともに、女性リポーターの高い声がそう話しているのは、中継先のJR新宿駅の南口、バスタ新宿前だ。
画面が切り替わると、そこは渋谷駅の前、かの有名なスクランブル交差点の近くになった。
そこでもリポーターがまた、天候の様子を注げる。夕方の特に代わり映えもしないニュース。しかし台風の警戒をニュースは訴える。
中継先の渋谷や新宿など、都内の有名な場所は、いつからだろう、画面に映ったとたんすぐにどこかを判別できるようになった。首都圏の大学に進学し、都内に用事も増えたことにより、これらの場所を自分が使う頻度が高くなったためだろう。
おそらく初めて池袋駅を利用したのは、高校2年生の夏休みであった。
大学のオープンキャンパスに行くために、母親と地元の田舎から東京に来た。地元と言っても関東の片田舎なので、池袋や新宿、丸の内までは電車で1時間30分~2時間もあれば着く。人によっては大した距離ではないのかもしれない。
しかし、人込みに慣れていなかった私は、「人酔い」をし、頭痛と暑さでへとへとになっていた。有名なブランド校と呼ばれるような文系私大や某有名女子大に行った。大学を卒業してみると、大したことはないいち大学生の服装だが、田舎の高校生から見れば派手であか抜けて輝いて見えた。私は圧倒され、さらに人込みを移動した疲労を抱え帰途についたことを覚えている。
私は完全に「おのぼりさん」だった。
大学で4年間を過ごし、さらに都内の院に進み、大学時代よりもより多く東京の中心部に足を運ぶ機会も増えた。地元から同じく東京に進学した友人と会うのも、大学時代の友人と会うのも、就活の用事も、研究関連のイベントも、都内がほとんどである。
大学時代に出会った人々と交わす会話や大学時代の講義の中で、自分の実体験の中で、いわゆるブルデューの文化資本の話だとか地方格格差の話だとか
そういうもののことをよく考えるようになった。
そして帰省するときも、進学先を選ぶときも、さらに就活のときも、私はいつも「場所」のことを考えていた。慎重に、運命めいたような、未来が決まってしまうのではないかという危惧ももちながら、考えた。
先日、内定が出た。内定が出たのは、地元の企業からだ。
受かったことに、いったいどんな意味があるのかと、自分の運命について考えてしまう自分がいた。なぜここまでシリアスに考えるのか。
気付けば私は東京にあこがれ、東京を離れたくないという人のひとりになってしまった。
内定をもらい、正直ほっとした。それなりに面接などの対策はしたので、それが認められたような気がした。
合ってる?これ合ってる?とおそるおそる進んでいた過程を承認されたような感じ。あってるよ。とさりげなく言われた感じだ。
そしてほっとした感覚は、安定したようなイメージに近い。
私は結婚したことがないので憶測だが、それなりに結婚したい時期に、それなりに気が合いそうで条件もそろった人と、なんとなく結婚したいなと思い、そうこうするうちに結婚が決まったら、こんな感じなのかもしれない。
冒険があるのかはわからないし、風船が膨らむようなドキドキはないけれど、あたたかいホットミルクを飲んだときみたいなほっとする感覚に近い。
(もちろん、働き出せばそれなりに厳しいこともあるのだろう。)
けれども将来について考えるたびに「これでいいのか」という声が脳内を渦巻く。
私は就活をあまり真剣にやらなかった。留学していたから、帰国したのは4月終わりだし、就活は5月から始めたし(たいてい3月には皆書類を一斉送信する)、エントリーは合計で8社しかしていない。(友人の話によればエントリーシートを30社は出したとか聞くので、かなり少ないと思う。それにいわゆる「持ち駒」が全くないことのほうが多かったから、人にそれを指摘されたこともあったし、私が受かった業界は厳しいと何度もキャリアアドバイザーという人たちに釘を刺された。)
これでいいのか。
「東京で仕事を探していますか、それともこちらですか」
面接でこう聞かれ、ぎくっとしたことがある。私は「どちらも見ています」と正直に答えた。
しかしその言葉は本当に正直だったのか。今思うと謎である。
「東京が好きですか」
そういわれても、好きとは答えられない。ただ、私にたくさんの刺激と情報と友人との思い出をくれた。奥が深い街だと思う。
「地元が好きですか」
わからない。思い入れはあるけれど、良い思い出だけではない。
早く離れたいと思っていた。ほっとする場所でもある。
言語化しようとしても、はっきりなんて答えられない。だから苦しい。
東京も地元も、私にとっては大切な場所だ。けれど今どちらかを選ぶとしたら、それはどちらか。
というか、どこの場所だって、尊い場所に違いないのに、どうあがいても、それを越えられないはっきりとした格差みたいなものが眼前に横たわっている。
私はもう少し、将来について考える必要があるだろう。どこで生活をするのか、そして、何をするのか、何を考え、どのように生きていくのか、を。
もがいてあがいていいから、納得したい。後悔をしたくない。
明日は友人と会う。おそらく台風が去ったあとの東京で。人込みのなか、風が吹き上げる地下鉄を使って、私はビル群の谷間へ行く。
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