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散文

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2020年10月の記事一覧

主星と伴星

人間は恋愛が好きだなあ。もうすぐ神様もどきどきするほどの熱い恋がそこらじゅうで芽生え始める。そうだったらいいなって思ってる。
だけど私は、あなたに恋してない。恋されたいとも思わない。私があなたに抱くこの複雑な感情をどんな言葉で美化しようとしてもそれはやっぱり恋ではないんだ。私はあなたと戦っている。同じものと対峙しているんじゃない。私とあなたが戦っている。
これはきっとどこまで自分の弱さを誤魔化すの

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寝ても覚めても自分がいる

16歳の5月、学校のトイレで薬を300錠くらい一気に飲んだ。救急車とヘリで運ばれたらしいけどその時のことはまったく覚えていない。最後に覚えているのは養護教諭の女性がもう呂律も回らなくなった私を冷たく見下ろしていた光景。時が経てば経つほどあの時の自分は嫌悪されて当然だったと心の底から思う。
ベッドの上で目が覚めた時、一番最初に目についたのは足元にいる姉の泣き顔だった。真っ赤な目で少し唇を窄めて私を見

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りんごの切り方

りんごの切り方

私は追いかけてほしいから逃げているだけなんだろうか? それをわかっていてあなたは何も言わないでいる? あなたほど知的で思慮深い女性を私は他に知らないよ。
あなたは私を守る気なんてさらさら無いんだ。ただあなたはあなたとしてそこにあるだけなんだ。私は勝手にその強さに守られていて、勝手にその優しさの陰に隠れていて、冷静なあなたの凛とした微笑みに、勝手に劣等感に苦しんで逃げ出したりする。あなたは私がまた帰

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Elevator Beat

Elevator Beat

夢の世界からむりやり引き離されて目が覚めた朝は時計に手のひらを置いたまま動けなくなる。胸のなかに石ころがつまっているようなこのどうしようもない虚しさはさっきまで誰かと一緒にいたからか。憂鬱か床に広がっていく。目を閉じて死んだふりをする。海に還りたい。長い眠りに戻りたい。
十月。きみは優しいだけだった。私も優しいだけだった。一緒にいると時間が止まってるみたいだからいけないんだって、もう前に進みたいん

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珊瑚色

珊瑚色

報われない努力はあっても、報われない恋はあっても、報われない愛なんてものは存在しない。愛した時点で報われたんだ。たぶんそれまでのすべてが。
秋の光の中であなたの姿を脳裏に思い描く時、その存在の不確かさに私はつい首を傾げてしまう。あなたのことを、まるで遠い昔に死んでしまった人のように感じるの。明日また会う約束をしていても、思い出はもう何もかも終わっているから。あなたに想いを馳せること。それはきっと死

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悟性

悟性

「あなたが思っているほど私は傷つきやすくないから大丈夫」
あなたが笑いながらそう言った時のことを思い出す。
本当に? 本当にそうだろうか。私にはわからない。あなたが撮った一枚の写真を見た。あなたがその景色に至るまでのドラマを私は知らない。あらゆる言葉で語り尽くされたとしてもあなたの上に流れた一秒一秒を私は知ることができない。ただ時の流れを束ねた結果のあなたを見ているだけでは私にはわからないよ。あな

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素直な素顔

素直な素顔

泣いたあとのきみは
いつにも増して美しく見えるね

曇り硝子が磨かれたみたいに
雰囲気が透明になるね

こぼれ落ちそうな丸い目が
すこしの涙を残したまま
誰のことも恨まないと
そういう優しい決意に燃えて

台風が去った朝みたいに
きみの心の遥か上空で
新しい風が吹いて

それは私の目には
痛々しいほど
素直な素顔