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悟性


「あなたが思っているほど私は傷つきやすくないから大丈夫」
あなたが笑いながらそう言った時のことを思い出す。
本当に? 本当にそうだろうか。私にはわからない。あなたが撮った一枚の写真を見た。あなたがその景色に至るまでのドラマを私は知らない。あらゆる言葉で語り尽くされたとしてもあなたの上に流れた一秒一秒を私は知ることができない。ただ時の流れを束ねた結果のあなたを見ているだけでは私にはわからないよ。あなたが何に傷ついてきたのか、何に強さを強いられてきたのか、それを想像することもできないよ。私は馬鹿だから。ちっとも理性的じゃないし、何の意見もないんだよ。ただ感情だけで生きてきたから。でもあなたはどんな時にも落ち着き払っていてびっくりするほど頭が良く、良心的で、思慮分別がある。みんなちがう生き方をしてきた。それだけのことがなぜこんなに人を孤独にさせ、そして他者へと導くのだろう。
「私のことなんかもっと適当でいいんだって」
私が必死になればなるほどそう言ってあなたは笑うけど、やめてよ。そんなこと言わないでよ。あなたは自分で自分を適当に扱う。見ていて時々悲しくなるくらい人生に投げやりなんだ。子供の頃の私に似ている。そして私の母に似ている。だからあなたが気になる。愛でも恋でもない。ただあなたが気になる。
べつに私はあなたの肩を揺さぶって、何か感じてよ、もっと泣き叫んだり怒り狂ったりしてみてよ、なんて言うつもりはないし、そんなことは口にしたくもない。そんなのはエゴだ。でもあなたは自分で思っているほど鈍感な人じゃないと私は思うから。
たとえばあなたがいつ泣きだしたって、私にはあなたを傷つけた心当たりがある。あなたが笑っているのを見ると、この世界の繋がりに手が届いたような気がしたりする。だからあなたに適当なことは言えない。本当はあなたにも適当なことは言ってほしくないと思ってる。でもそれはいいんだ。あなたにとって私がどういう存在なのか、それは今考えることじゃないから。ただ私はあなたからのどんな些細な問いかけにもこのちっぽけな頭を使って真剣に答えようとしてる。それだけは知っていてよ。それの意味するところを知っていてよ。

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