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珊瑚色


報われない努力はあっても、報われない恋はあっても、報われない愛なんてものは存在しない。愛した時点で報われたんだ。たぶんそれまでのすべてが。
秋の光の中であなたの姿を脳裏に思い描く時、その存在の不確かさに私はつい首を傾げてしまう。あなたのことを、まるで遠い昔に死んでしまった人のように感じるの。明日また会う約束をしていても、思い出はもう何もかも終わっているから。あなたに想いを馳せること。それはきっと死について考えるのと同じことなんだね。
淡いイエローの明かりの下であなたは私の膝に頭をあずけて映画を見ていた。私はあなたの髪を指で梳く。とかげのように冷たい肌。彫刻に似た無表情な硬い横顔。剥がれ落ちていく絵画のような光景。干からびていく枯れ草の記憶。
あなたの珊瑚色の唇に私の冷たい唇を寄せた時、甘いミルクティーの香りがした。あなたの好きな甘い甘い甘い香りのする飲み物。あなたはそれを細いストローで吸い上げる。私の指先や舌を吸うのと同じようにして。
私のすべてだったもの。いつかの夢。あなたはいったい誰だったのだろう。誰の面影を重ねあっていたのだろう。
力が欲しくて、今さら生まれ直すことはできないけど、こんな頼りなく揺れる性じゃなく、もっと違う力が欲しくて、それを得ることができれば本当の意味であなたが手に入ると思った。
どうかこの先もあなたが私のものになりませんように。どうか私なんかのためにその光を濁しませんように。
あなたの存在の不確かさがまた嘘みたいに思えても、また馬鹿みたいに思えても、あなたの耳をそっと手のひらで塞ぐから。あなたに囁きかける悪魔の口をそっと指先でおさえるから。
あなたの人生に与えられた有限の時間を思うことは、私をどうしようもなく寂しくさせて、そして天使に近づけるんです。それは私が唯一あなたのためにできる意義のあることなんです。でも幸せだよ。出会ってからのほうが孤独を感じるけど、こんなに幸せを感じたこともない。ほらやっぱり。報われているんだ。

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