見出し画像

りんごの切り方


私は追いかけてほしいから逃げているだけなんだろうか? それをわかっていてあなたは何も言わないでいる? あなたほど知的で思慮深い女性を私は他に知らないよ。
あなたは私を守る気なんてさらさら無いんだ。ただあなたはあなたとしてそこにあるだけなんだ。私は勝手にその強さに守られていて、勝手にその優しさの陰に隠れていて、冷静なあなたの凛とした微笑みに、勝手に劣等感に苦しんで逃げ出したりする。あなたは私がまた帰ってくることを知っているからどんな時にも落ち着き払っている。

また逃げることになるよって言われた時、私があなたから逃げ出すことを引き留められたのか、私が私から逃げることを咎められたのか、それをすぐに理解することさえできなかった。でも今はわかる。次に会ったときのあなたの目の表情を見て、わかった。

私は都合のいい自分しかいない夢の中にあなたの形をしているだけの虚ろな何かを閉じ込めて強さや優しさを奪い取ろうとしているだけなんじゃないかと時々ものすごく不安になります。そんなことはないと思うけど言い切れない。お互いの世界に本物の私達はいないんじゃないかって思うと何のためにこんなに傷つけ合うんだろうって、わからなくなる。

あなたに会ったあと私はいつも必ずあなたの夢を見る。

夢の中であなたは私に何かを尋ねた。でも私は見当違いなことを答えてしまう。そのことにあなたは腹を立てている。冷静に、腹を立てている。
突然お腹が空いたというあなた。朝ごはんを食べてないの、と聞こうとして、やめる。

りんごを食べていい?
あなたが言う。
それなら切るよと私は言う。
気がつくとどこか懐かしい台所がその空間に広がっていた。使い古されたまな板と包丁を取り出して私はりんごを切ろうとする。

全部食べられる?半分だけにしておく?と聞くと、じゃあ半分こにしようとあなたはこたえた。

でも私はりんごをすとんと真っ二つに切ったところで、急にりんごの切り方を忘れてしまう。そこから先、何をどうしたらいいのかさっぱりわからなくなる。
あなたと半分こにして食べるためのりんごがどうしても切れない。忘れてしまった。思い出せない。

あなたは私を見て呆れたようにため息をつく。私は焦る。なんとかしなきゃ、早くなんとかしなきゃ。そこで目が覚めた。

りんごのひとつも食べさせてあげられなくてごめんね。自分からあなたに渡せるものは何ひとつないんじゃないかと思うと悲しくなるよ。何かを求められたことなんかないけど、もし何か望んでくれるなら何でもしたいよ。あなたは私を助けてくれたからね。

いつだったか、私とあなたは違いすぎると私がつぶやいたら、同じだったらよかったの? とあなたは言った。
そのとき私は首を横に振ったけど、そう、同じだったらよかったと思います。違う人間じゃなく最初から同じ存在だったらよかったのにと思います。そしたらりんごもわざわざ半分に切り分けなくてもよかったんだ。

でも違う人間で良かったと思う時もある。あなたを見ていると、自分とは違う、こんなに素晴らしい人がいるんだって、安心するから。

夢の中のりんごの瑞々しさ、柔らかさ。今度こそ食べさせてあげる。美味しいねって笑いあいたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?