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伊藤緑
2019年9月11日 15:20
一 出産というものに初めて違和感を覚えたのは、私が中学生の頃でした。あなたが産まれたときです。 風が吹けば田んぼに緑の波が立ち、昼間は蝉の声が、夜はクビキリギスの声がする、そんな夏のことです。当時二十代後半だった叔母が、元気な赤ちゃんを、あなたを産み、私の家にやってきたんです。 あなたを抱く叔母と、その隣に立つ旦那さん、叔母より一回り年上の私の父、そして母。大人たちはみんな破顔していまし
2024年6月27日 22:30
汗かく瓶のラムネのビー玉が畳の上で朝日を浴びて僕はそのきらきらをぼんやりと見ている持てば冷たくころんと透明が鳴る始めないことの美しさとはこういうものではないかと飲み終えた瓶を見ながら汗を拭う
2024年7月1日 22:30
中学生の頃に買った少しヒビの入っている百円の透明なシャーペンで いつからあるのか分からない空白だらけの大学ノートにやせた汚い文字を書く芯は何度も折れてカチカチカチカチ空っぽが鳴る内側がすっかり真っ黒なクリーム色のやわらかいふで箱にあったのはHBとFだけもっと大きなBかHがよかったとペンをミシミシいわせながら消しゴムを使わずに書いていく産み落とされることのなか
2024年6月28日 22:30
人が夏を見ているときに自分は春を見ています 人が秋を見ているときに自分は夏を見ています 人が冬を見ているときに自分は秋を見ています 人が春を見ているときに自分は冬を見ています季節の死体を見ています
2024年6月19日 23:45
青くて若い夏の細くて熱い腕に後ろから抱きつかれながら道を歩けばカマキリが胸で口づけするように押しつぶされている 汗のとろりという声はほとんど聞こえず蝉の声だけが響いて淡く揺れる灰色に黄緑がよく映えている あれは自分の成れの果て生誕を否定した自分の 踏みつぶされた言葉となって夏の燃える足元でぎらぎらと濃く溶けていくふらふらとやってきた目玉にじっと見つめられながら
2022年3月29日 23:37
家の前のドブ川に沿うガードレールに腰掛けてポケットに手を入れ持たされなかった鍵を弄びながらも痛みの父母は生であることを幼い頃は思い描けず
2021年4月21日 00:30
したら立派というのならせぬまま未熟で構わないするのが普通というのならせずに異常を選び取るやるのが義務というのならしないで首を捧げようそれが自然というのなら不自然歌って微笑むことを幼い子どもの戯言と指差されるなら幼い子として断ち切るための言語の刃先を絶えず自分に向けている
2024年6月25日 17:30
想像と観念を愛することができてしまうだから子どもは産まないとそう空想は言いました本当に大切なものそれが遠くにあるのなら手繰り寄せようとなんてせずあるがままに遠ざけておくと存在しないものを愛せるはずがないなんて言われても空想は微笑む存在しないものしか愛せないのですともし存在するものを愛しているとすればそれは全て自己愛ですと空想は絶えず微笑むのです
2020年8月2日 18:30
この手に首に 巻きつけられた細くて青い 食い込む縄の力強さに ぐいぐい引き寄せられるまま 連れてこられたその先で 知恵と知識と 意味と理由を呑まされて むせれば髪を掴まれて こぼすな生きろとささやかれ ともに見たブヨブヨに対しては きれいだろうと微笑まれ 無言でいればあごを掴まれ 首をかすかにでも横へと振れば 絞められ蹴られ ありがとうをぶら下げていな
2019年10月28日 00:06
血管の浮かび上がったその赤黒い手は、賛美という金槌を、いつだって振り上げ、振り上げて。絶えず透明を割りながら、けらりけらりと笑っています。その手の汗は、拍手という木槌の柄を、濡らすこともありました。嬉し泣きという、ゴムでできたハンマーの柄を、ぬるりとさせることだって。澄んだものは、それらに砕かれていきます。粉々になって、鈍く乱反射する光。輝きはすっかり、失われてしまいました。残された澄明は、わず