マガジンのカバー画像

反出生主義

25
これまでに投稿した作品のなかで、反出生主義がテーマのものをまとめました。
運営しているクリエイター

#詩

子どもを産んではいけない


一 出産というものに初めて違和感を覚えたのは、私が中学生の頃でした。あなたが産まれたときです。

 風が吹けば田んぼに緑の波が立ち、昼間は蝉の声が、夜はクビキリギスの声がする、そんな夏のことです。当時二十代後半だった叔母が、元気な赤ちゃんを、あなたを産み、私の家にやってきたんです。

 あなたを抱く叔母と、その隣に立つ旦那さん、叔母より一回り年上の私の父、そして母。大人たちはみんな破顔していまし

もっとみる

ラムネ瓶

汗かく瓶のラムネのビー玉が
畳の上で朝日を浴びて
僕はそのきらきらを
ぼんやりと見ている

持てば冷たく
ころんと透明が鳴る

始めないことの美しさとは
こういうものではないかと
飲み終えた瓶を見ながら
汗を拭う

HBもしくはF

中学生の頃に買った
少しヒビの入っている
百円の透明なシャーペンで
 
いつからあるのか分からない
空白だらけの大学ノートに
やせた汚い文字を書く

芯は何度も折れて
カチカチカチカチ
空っぽが鳴る

内側がすっかり真っ黒な
クリーム色のやわらかいふで箱にあったのは
HBとFだけ

もっと大きなBかHがよかったと
ペンをミシミシいわせながら
消しゴムを使わずに書いていく

産み落とされることのなか

もっとみる

季節の死

人が夏を見ているときに
自分は春を見ています
 
人が秋を見ているときに
自分は夏を見ています
 
人が冬を見ているときに
自分は秋を見ています
 
人が春を見ているときに
自分は冬を見ています

季節の死体を
見ています

成れの果て

青くて若い夏の
細くて熱い腕に
後ろから抱きつかれながら
道を歩けばカマキリが
胸で口づけするように押しつぶされている
 
汗のとろりという声は
ほとんど聞こえず蝉の声だけが響いて
淡く揺れる灰色に
黄緑がよく映えている
 
あれは自分の成れの果て
生誕を否定した自分の
 
踏みつぶされた言葉となって
夏の燃える足元で
ぎらぎらと濃く溶けていく

ふらふらとやってきた目玉に
じっと見つめられながら

家の前のドブ川に沿う
ガードレールに腰掛けて
ポケットに手を入れ
持たされなかった鍵を弄びながらも
痛みの父母は生であることを
幼い頃は思い描けず

言語の刃先

したら立派というのなら
せぬまま未熟で構わない

するのが普通というのなら
せずに異常を選び取る

やるのが義務というのなら
しないで首を捧げよう

それが自然というのなら
不自然歌って微笑むことを

幼い子どもの戯言と
指差されるなら幼い子として

断ち切るための言語の刃先を
絶えず自分に向けている

非存在への愛

想像と観念を愛することができてしまう
だから子どもは産まないと
そう空想は言いました

本当に大切なもの
それが遠くにあるのなら
手繰り寄せようとなんてせず
あるがままに遠ざけておくと

存在しないものを愛せるはずがない
なんて言われても空想は微笑む
存在しないものしか愛せないのですと

もし存在するものを愛しているとすれば
それは全て自己愛ですと
空想は絶えず微笑むのです

還りたい

 この手に首に
 巻きつけられた細くて青い

 食い込む縄の力強さに

 ぐいぐい引き寄せられるまま
 連れてこられたその先で

 知恵と知識と
 意味と理由を呑まされて

 むせれば髪を掴まれて
 こぼすな生きろとささやかれ

 ともに見たブヨブヨに対しては
 きれいだろうと微笑まれ

 無言でいればあごを掴まれ
 首をかすかにでも横へと振れば

 絞められ蹴られ

 ありがとうをぶら下げていな

もっとみる

 血管の浮かび上がったその赤黒い手は、賛美という金槌を、いつだって振り上げ、振り上げて。絶えず透明を割りながら、けらりけらりと笑っています。その手の汗は、拍手という木槌の柄を、濡らすこともありました。嬉し泣きという、ゴムでできたハンマーの柄を、ぬるりとさせることだって。澄んだものは、それらに砕かれていきます。粉々になって、鈍く乱反射する光。輝きはすっかり、失われてしまいました。残された澄明は、わず

もっとみる