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しあわせの中に、悲しみひとしずく。
かなしみがぽつんとやってきたときに限って、
幸せだった時を思い出すものだなって
思いつつ。
ほんとうはしあわせのなかに、みえないけれど
かなしみがちょっとだけ土の中の雨水のように、
ふくまれていたのかもしれない。
<ねぇ? とかいってみたくなるこのごろなの>
それは透のかなしみなのか栞じしんのものなのか、
もう誰のものでもないような。
腕を上げて伸びをしたとき、透が着ていたTシャツの
ホワイトビーズの香りが漂ってくるのがわかった。
<栞はひとりじゃないとか、いわないでよ>
明日着てゆくインナーを探そうとクローゼットの
中をごそごそやっていたら、すっごいかたまりの
円筒状のものが手に触った。
ファミリー用の入浴剤だった。
透と買い物に出かけた時、彼が買い物かごの中に
どうまちがえたのかそれを忍ばせていた。
その日、咳払いしながらすっごい早口で透は
ふたりで生きようみたいなことを言ったのだ。
聞き返そうと思った時、家族増えたときのために
とっとけよって、さらに加速度的に。
もう半ば口走るみたいにMaxの速さで言った。
早口競争にでもでたら、ええ。
栞は心の中でそう毒づいた時のあれが
いけなかったのかって思った。
透っていう名前のまま透きとおった海月の
ように透はしんでしまった。
そのでっかくて重い入浴剤の封を開けた。
微かに薔薇の香りが部屋にひろがった。
![](https://assets.st-note.com/img/1647531396141-eSs54KYaeE.jpg?width=800)
<家族が増えるんだって。透とわたしの。この間
わかったんだけどね。じんせいってやつがはじまった
みたいだよね。いつもいてほしい時にいないよね、
透ってみごとにいない>
栞もあの日の透のように早口で、そのことばをみえない
宙に放った。
透が書いた言葉の、ぼろぼろのつぎはぎだらけの紙の
上に雨みたいな涙が落ちた。
こころよ
では いっておいで
しかし
また もどっておいでね
やっぱり
ここが いいのだに
こころよ
では 行っておいで
なんどもその文字を指で追った後、バスルームへと
足を運んだ。
湯船の中にさらさらとパウダーを溶かした。
もわもわの湯気の中に甘酸っぱい匂いがあたりを
満たしていた。
今日の心にむかって、栞は、ではいっておいで
ってつぶやいた
そして、いつかもどってくるんだよって
いうことも忘れずに、湯船の中でひとり
しずかに枯れたような声を放っていた。
木漏れ日と薔薇のフリー素材 https://www.pakutaso.com/20210510148post-35050.html
拝借いたしました。ありがとうございます。
いつも、笑える方向を目指しています! 面白いもの書いてゆきますね😊