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ハードボイルド書店員日記【171】

若い人の本離れ。

嘘だ。いまも新潮文庫の太宰治「人間失格」と「ヴィヨンの妻」が売れている。どちらも青空文庫で、つまり無料で読める。にもかかわらず買ってくれたのだ。いいことあるよ。頑張って。頑張らなくてもいいけど。

今度は女性。同じく新潮文庫の三島由紀夫「ラディゲの死」だ。短編集。ラディゲは混合物ゼロの天才である。光文社古典新訳文庫の「肉体の悪魔」を勧めたい。あれを16歳から18歳の時に書いたなんて信じられる? しかも出版された年の11月に腸チフスで倒れ、翌月に20歳でこの世を去った。まるで一瞬の蜃気楼。君はどう思う?

淡々とレジを打つ無愛想な中年書店員。カバーを掛けながらそんなことを考えているなんて知る由もあるまい。

「すいません、こちらの本を注文したいのですが」再び男性。スマートフォンの画面を見せられる。ああ、と声が漏れた。夏葉社から出ている上林暁「星を撒いた街」だ。「申し訳ございません。こちらは他店にも出版社にも在庫がないので」即答。目を円くされた。「取り寄せも難しいですか?」「はい」調べる手間を端折ったわけではない。欲しくてずっと探し回っていた一冊なのだ。

「どこの本屋にも置いてなくて。大きいところと、あと有名な独立系にも行ってみたんですけど」同志よ。仕事中じゃなければ握手を求めている。「もう図書館で借りるぐらいしかないですよね」「可能性が残っているのは古書かと。値段の高騰さえ気にしなければ」「まだ買えます?」「どうでしょう」柳の下にいつもどじょうは、の喩えが脳裏を過ぎった。

「ここは夏葉社さんの本、ありますか?」「一冊だけ」やはり調べるまでもない。男性の顔に柔和な笑みが浮かぶ。「『昔日の客』ですね」「ええ」「エッセイのコーナーで見つけました。もう持ってます」1953年に東京都大田区大森で古書店「山王書房」を開業した関口良雄の随筆集だ。著者の死後、1978年に三茶書房から刊行され、2010年に夏葉社が復刊した。

「あれだけは多くの書店で見掛けました」「2022年に12刷だから毎年のように重版しています」「『星を撒いた街』も刷ってほしいなあ」「ですね。あと随筆集も」「上林暁や尾崎一雄の本って売れないですか?」再び言葉を濁し、ただと続けた。「知名度が高いとは言えないけど、傑作を多数残した私小説作家の本も扱ってこその専門店。そんな気はしています」カウンターを離れ、棚から「昔日の客」を抜いて戻る。大寒波の影響で朝から暇だ。少々の雑談は構うまい。

「ご存知でしょうが、関口さんは生前このように話していたようです」222ページを開いた。

「私は常々こう思っているんです。古本屋という職業は、一冊の本に込められた作家、詩人の魂を扱う仕事なんだって」
「ですから私が敬愛する作家の本達は、たとえ何年も売れなかろうが、棚にいつまでも置いておきたいと思うんですよ」

「素晴らしいですね」何度も頷いてくれた。「とはいえ本屋さんも商売だし、難しい部分もあるのかと察しますが」「そもそも現実問題として、返品しないと新刊を置くスペースを確保できません」「ええ」「しかしなかなか売れないけど棚に残しておきたい一冊は、どんなジャンルにも存在します」「この本も?」「おそらく」文芸書の棚には関与していない。でも少し前に担当に勧めたところ、これは名著です、絶対に返しませんと約束してくれたのだ。

「あ、じゃあぼくもひとついいですか? この本でいちばん好きなのは」パラパラ捲る。67ページ。こんなことが書かれている。

「君は本を苦手だと言い、本を読まない事をはじていたね。そんなこと、少しもはじる事はないんだ」
「君の心は、この濁った東京に住んで、少しも汚れなかったではないか」

「わかります」「わかってくださると思ってました」「本屋へ行く習慣を民度の高い知的活動みたいなカテゴリーには入れたくないんです。誰でも気軽に足を踏み入れ、息抜きできる。好奇心を呼び起こされ、まだ知らない己と出会える。そういう空間を提供していければ」関口さんも、こんな調子で店を訪れた愛書家や文士との会話を楽しんだ気がする。

「昔日の客」を購入してくれた。新宿にある大きな書店の理学書フロアで働く友人へ贈ると言い残して。彼自身も私と同じ業界で汗を流す仲間か、もしくはかつてそのひとりだったのかもしれない。

作家や詩人だけじゃない。本屋の魂も守ってみせる。

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