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芥川賞作家の思い出①

皆さんは「芥川賞作家」と聞いて最初に誰の名が浮かびますか?

私は中村文則(なかむら ふみのり)です。彼の代表作「掏摸」(スリ)に出会うまでは「現代文学は当たり外れが激しい」「小難しいテーマや前衛性に囚われて話があやふや」「太宰や三島や漱石を読む方が間違いない」という偏見が少なからずありました。

ところが彼の小説は(少なくともデビュー作「銃」から「あなたが消えた夜に」ぐらいまでは)、私の好きな旧時代の文学と味わいが似ていました。カミュやドストエフスキー、サルトルらの遺した名作たちに触れたときと同じ何かを感じたのです。面白くて重い。読み易いのに考えさせられる。すぐ読了してまた開きたくなる。

中村さんの作品はたしかな「物語」を備えていました。理屈や哲学も皆無ではないけど、あくまでもキャラクターとストーリーが先に来る。だから素直に没頭できる。なおかつ現代が舞台だし、主人公の人となりがどこか己と重なる、ような気がする。

太宰治の愛読者なら誰もが体験する「『これは私のことだ』現象」が起こる唯一の現代作家。それが私にとっての中村文則でした。

と同時に「この話の主人公みたいにならなくて良かった」「今後もこういう選択をしてはいけない」という戒めにもなりました。特に「悪意の手記」を読んだときに強く実感しましたね。

闇は誰の胸の内にも潜むもの。それを自覚しているかいないかで世界との接し方、物事の解釈の角度がずいぶん変わります。闇の衝動に屈した者が陥る苦悩を客観的に眺められたことで、決定的な過ちを犯さずに済んだ。そういう不安定で弱い己がたしかにいるのです。

「何もかも憂鬱な夜に」もすごかった。「自殺と犯罪は、世界に負けることだから」「世界に何の意味もなかったとしても、人間はその意味を、自分でつくりだすことができる」このふたつの台詞に何度救われたか。彼の作品を未読の人に真っ先に勧めたい一冊です。

読んでから世界の見方ががらりと変わった、という点では「教団X」もオススメ。最初は何の話なのか、どこに落ち着くのかと首を捻りながら読み始め、気がついたら朝になっていました。

いまの中村さんははっきり言って左寄りです。でも当時は反体制的でありつつ、左翼特有のテーゼに対しても釘を刺していました。右にも左にも忖度ゼロ。「教団X」は全方位に容赦しないがゆえに傑作だったのです。ポジショントークではなく是々非々で判断する。中村さんはそういう知的誠実さを持った方だと私はいまも信じています。

といろいろ書いてきましたが、いちばん好きな彼の作品はやはり「掏摸」です。これは私がハードボイルドミステリィの主人公に憧れている、というのも理由のひとつ。特にラストが大好き。最高にハードボイルドで最高に反体制。こういう生き方がしたいのではなく、こういう考え方や矜持をいつまでも忘れたくないな、と。

芥川賞受賞作「土の中の子供」「力のないものに対し、圧倒的な力を行使しようとする、全ての存在に対して、私は叫んでいた。私は、生きるのだ。お前らの思い通りに、なってたまるか」という箇所があります。この「弱者を好き放題にコントロールしようとする支配者の傲慢への反発」こそが彼の文学の真骨頂であり、私が決して失いたくない何かなのです。

集英社文庫「ナツイチ」や新潮文庫「夏の100冊」にも彼の作品は入っています。ぜひ。

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