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びっとらんだむ:Sweet Stories Scrap

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noteで見つけた小説やエッセイのセレクション。皆さんからの推薦作品もお待ちしてるぜっ!🍌
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Sweet Stories Scrap マンスリー Vol.12 2022/1

 あっという間に年を超えました。謹賀新年。昨年は結局一年を通してコロナコロナって言ってた訳で、何ともまあ辛気臭い一年としか言いようがなかったですな。誰に文句を言っても始まらないんだけれど。さっさと終わってくれないかなあ、コロナ。ほんとに。  では、今月の3本。 連なる漁火ノスタルジー/水月 この冬らしい一遍には、最後の段になって「ハナゴンドウ」という名前が出てくる。どうしてこの言葉を選んだのかは知る由もないが、漁火をテーマにした小説らしく海の生き物を持ってきたのだろうか。

心の傷

「今日はどうされました?」  私設悩み相談所の主人が聞いた。 「あの、学校で嫌な事があって…」  高校生くらいに見える男の子はそう言って、悩みを打ち明けた。  一通り話を聞いていた主人は、真剣な目で言った。 「そうでしたか。あなたくらいの年齢は、とても傷つきやすいですからね。ちょっとこちらの部屋に来てもらえますか?」  主人はそう言うと、隣の狭い部屋に高校生を案内した。 「今から、部屋を閉めて、あなたの心を撮影します」  そう言うと扉が閉まり、真っ暗になった。しばらくして、一

連なる漁火ノスタルジー

久々の炬燵の温もりと、隣でずっと眠そうにしている弟とのゆるゆるとした会話で、ああここは日本なのだと、やっと強く実感できた。随分前に日本に帰ってきたのにと、おかしくなった。 今年の夏、俺は台湾に長くいた。台湾花布という台湾の伝統的な織物を仕入れる交渉のため。大輪の牡丹を中心に、様々な花が鮮烈に描かれた台湾花布が今も目に焼き付いている。 何とか任務をこなし、へろへろの状態で飛行機に乗った。離陸してすぐ窓を見ると、漆黒の空間に、輝く星が浮いているように見えた。 疲れすぎて幻覚

彼女にとって最後の雪

 その冬の、最初の雪は、彼女にとって最後の雪になった。  その雪のやんだ明け方、彼女は息を引き取った。それは穏やかな死だった。  こういう言い方もなんだけれど、彼女は死ぬのに充分な年齢だった。間違いなく大往生の部類に入るだろう。なにかが彼女を殺したわけではない。彼女の持ち時間が尽きたに過ぎない。  彼女はぼくの妻だった。ぼくは確実に死に近づいていく妻の手を、そのベッドサイドで握っていた。窓の外では雪が降りしきっている。指先に感じる枯れ枝のような指、皺だらけの手。かつては、それ

丸い夢

「丸い夢を見た」と、起きてきた妻は言ったのだけれど、ぼくはそれを「悪い夢」と聞き間違えた。悪い夢なら聞いたことがあったが、丸い夢なんて言い方は聞いたこともなかったから、つい聞き間違えたのだろう。そのため、ぼくらの会話はしばらくの間うまく噛み合わなかった。 「どんな夢?」と、ぼくは尋ねた。 「だから、丸い夢」と、妻は答えた。 「いや、だからどんな悪い夢だったの?」 「だから、丸い夢だって」  こんな押し問答が少し続いて、朝から険悪な雰囲気になった。夫婦の危機とまではいかないまで

文字数制限

「今週、『は』が足りないんだ。何とかならない?」  編集者の東山は、学生時代の友人でライバル出版社勤務の中島に頼み込んだ。 「お前さ、希少文字ならともかく、『は』くらい在庫管理しとけよ」  中島は電話で溜息をついた。 「ま、今回だけだぞ。何文字欲しいんだ?」 「とりあえず、50文字」 「しょうがないな。交換条件で、うちは『楽』をもらう。10文字だ」 「あー、そっちも足りないんだ。でも仕方ない。ありがとな」  東山は電話を切った。デスクに状況を報告すると、あとわずかの締め切りに

ショートショート 朝のパーティー

 おばあちゃんは まいしゅう もくようびの あさになると おめかしをして でかけます。あさごはんも たべません。どこに いくのか ずっときになっていたので きのう どこにいくの? ときいたら 「あんたも いく?」  といわれて ついていくことに しました。 「とびきり かわいく せにゃいかん」 とおばあちゃんが いうので わんぴーすを きました。おなかが ひえちゃうので けいとのぱんつも はきました。  くるまで ついたのは きっさてん というところで わたしは きっさて

小話「放課後、残ってもらっていいですか?」

たまにはオチの無い、物語を披露しても良いですよね😊 うちの部屋の課長、定時が近づいてくると、こう言うのよね。 「放課後、残ってもらっていいですか?」 いやいや、ここは会社だし、学校じゃないのだから『放課後』はないでしょう? ハッキリと残業命令を出せば良いじゃないですか? 今日も午後5時になるころ、それまでどこかに行っていた課長が部屋に戻ってきて、 「放課後、残ってもらっていいですか?」 と部屋のみんなに聞いてまわる。 たしかに年末だし、忙しいし、仕事がたまっているか

【ショートショート】借り物競走

秋晴れのなか開催されたサンゴタンゴ中学の運動会。 1年生のホリンは次の、借り物競走に出場する。 ホリンはどちらかというと、男らしく脚力のみで勝負したいタイプであったが、「誰かに必死に物を借りて、借りた物を持ったままゴールめがけて疾走するの、マヌケぽくって笑えるな」と、ちょっとだけ乗り気になっていた。 2年生の熱のこもった奇っ怪な集団舞踊も幕を閉じ、ついに借り物競走が始まった。 1年生たちは、スタートと同時にグランド中央のボックスまで駆けていき、お題の書かれた紙切れを

Sweet Stories Scrap マンスリー Vol.11 2021/11

 だいたい何事においてもそうなんだけど、この月イチ企画も締切間際になって慌てて書くわけよ。面白い作品には「スキ」付けておいて付箋代わりにはしてるんだけど、まあそんなのは稀なほうでさ。でも締切間際のほうが切羽詰まってるからなのか、自分が気に入るであろう作品を嗅ぎ分ける勘の働きが良いような気がするんだよなあ。ほいじゃあ、今月の3作品。 たいていはバーにいるから/にこ これはいつものように乱暴にぶった切るのに躊躇する。こんなのこのレビュー企画始まって以来じゃないかな。え、何なん?

「特別なクジラ。」/ショートショートストーリー

「あの海には特別なクジラがいるのよ。自分の声がほかのクジラには聞こえないんだって。ずっとひとりでこの広い海を泳いでいるみたいよ。」 初めて海へ遊びに来た日に、姉はキラキラした海面を指さしながら教えてくれた。 「なんて淋しいクジラ。かわいそう。」 僕がそう言って泣き出すと年が離れた姉は驚いた様子で言った。 「ねえ。なんで。そう思うの。」 「だって。家族やお友達がそばにいないんでしょう。僕だったら嫌だよ。」 僕は姉にしがみついて泣いた。何がそんなに悲しかったのだろう。

小説|枯れた声が咲くときに

 強くなりたい。少年は病床で両親に言います。生まれつきからだが弱く、小学校を休んでよく入院しました。辛い治療を終えて登校すると、いじめに遭う日々。雨の中、少年は家に帰って涙声で言いました。強くなりたい。  中学校に上がると、少年はバスケットボール部に入ります。両親の心配をよそに、誰よりも背の小さい少年は、誰よりも早く朝練に向かい、誰よりも遅くまで放課後の練習に励みました。少年をいじめる者はもういません。  一年生も、二年生も、大事な試合には出られませんでした。少年は学年が

「シアター山谷」(4411文字)

 新聞を取りにアパートの玄関へ下りると、きれいな黄緑色の封筒が郵便受けに入っていた。「シアター」の文字が見えたので劇団宛てかと思ったが、宛名は俺個人だ。そもそも、劇団の代表住所はうちじゃないことに、今さらながら思い至る。  中には、三つ折りになったカラー刷りのチラシが一枚入っていた。「シアター山谷」。聞いたことのない劇場だ。  アクセスの欄に載っている簡易地図からすると、ここから2ブロックほどの場所にあるようだ。こんな住宅街に新しい劇場ができるなんて、聞いた覚えがない。主宰も

ショートショート:最初で最後のお願い

とある日曜日。 僕は今、駅前の柱に寄りかかって人を待っている。 今日は同じ陸上部で1つ年上の先輩とデートをする約束をしているのだ。 既に約束の8時を20分過ぎているが、一向に連絡はつかない。 暇を持て余した僕は、しばらく人間観察でもしながら待つことにした。 スーツ姿のサラリーマンに、部活姿の中高生、酎ハイを片手にベンチでくつろぐ中年の男。 周りを見渡すと色んな種類の人間がいる。 と言っても世間はもうクリスマスムード。 カップルとみられる男女が仲良さそうに歩いている姿がほとんど