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心の傷


「今日はどうされました?」
 私設悩み相談所の主人が聞いた。
「あの、学校で嫌な事があって…」
 高校生くらいに見える男の子はそう言って、悩みを打ち明けた。
 一通り話を聞いていた主人は、真剣な目で言った。
「そうでしたか。あなたくらいの年齢は、とても傷つきやすいですからね。ちょっとこちらの部屋に来てもらえますか?」
 主人はそう言うと、隣の狭い部屋に高校生を案内した。
「今から、部屋を閉めて、あなたの心を撮影します」
 そう言うと扉が閉まり、真っ暗になった。しばらくして、一瞬フラッシュのような光が高校生を包むと、すぐに扉が開いた。
「どうぞ、こちらへ」
 主人は高校生を元の席に案内すると、ゆっくりタブレットPCのようなものを取り出し、画面を高校生に見せた。そこには、水晶玉のような丸い玉が映し出されていた。
「ごらんなさい。とてもきれいで、透明で、ツルツルの表面ですね。でも、少し右上に傷がついてしまった。でも大丈夫。心の芯を強くして、心を磨いていれば、この傷はすぐに消えます。そして、以前より大きくて、光る美しい玉になるのです」
 主人はにこやかにそう言った。
「でも、ここであなたが、嫌がらせをした相手に仕返ししようとか、ネットで陰湿な書き込みをするとか、そういう事を始めると、この傷の隙間から汚れが広がり、やがてこのきれいな玉は、濁った不純な色になります。傷も元の様には治りません」
 話を聞きながら、高校生は、自分の「心」をまじまじと眺めていた。
「あなたが傷つきやすいのは、まだ心がきれいだからです。でも、これからは、強く、でも汚れない心を持つことが大事です」
 主人はそう言った。
「少しご紹介しましょう。これをご覧ください」
 画面には、先ほどの玉とはまるで違う、汚れて、茶色や深い緑、様々な色に濁った玉が映し出された。
「これは、ある政治家の心です。この人はとても精神が強く、あらゆる方面からの批判や攻撃に耐えてきた。また難しい問題に毎日直面しているのでしょう。おかげで、とても強い心になったのだと思います。でも、残念ながら、様々な良くない意見、自分の良心に反することも取り入れたんだと思います。昔はあなたのようにきれいで透明な玉だったのですが、今ではこのように濁って、汚れて、表面はザラザラな玉になってしまいました」
 主人はそう言うと、画面を操作した。
「こちらは、ある有名なスポーツ選手の心です。彼は様々な逆境でもくじけずに、周囲の強い期待からのプレッシャーにも耐えてきた人です。先ほどと違うのは、彼の場合、困難が起きても、心を乱さず、汚さず、ひたすら努力して耐えたことでしょう。周囲の方の良心的な意見もたくさん取り入れたんでしょうね。美しい青や緑、黄色やピンク、様々な色が見えます。そして、たくさんの色があるのに、いまだ透明で、遠くが透けて見えます。そしてこれだけの要素を取り込んだ人の心は、とても強い。簡単には壊れません」
 主人はそう言うと、高校生の目を見て話した。
「あなたが、今回の悩みを、どう解決するか。もし解決できなくても、耐えて、強い心の糧にできるか。いずれあなたの心の玉を見れば、おおむねわかるのです」
 高校生はじっと考えるように黙っていた。
「良くない考えは、あなたの心の傷から容易に染み込んで、きれいな玉を汚します。でも、良い体験談や、良い本や、映画や、良い友人や、ご家族や、良いアドバイスを聞いて、強い心を持ち続ければ、汚れるどころか、強く、美しく、輝く玉を手に入れるでしょう」
 主人はそう続けた。やがて高校生は、礼を言って、その店を出て行った。

「あなた、お客さん帰ったの?」
 主人の妻が店に出てきた。
「今の子、高校生くらいでしょ? ダメよ。あんまり騙しちゃ」
 主人が返した。
「騙してなんてないさ。アドバイスだ。料金だって半額にしておいた」
「また変な玉の写真使ったんでしょ?」
「何言ってんだ。心の状態の具現化だ」
「もうね、みんないい人とは限らないんだから、ほどほどにしなさいよ」
 妻がそう言うと、主人は気にとめない風で言った。
「だから、心をビジュアルで表現してるだけだって。ところで、今度失恋した女の子用に、割れた玉の写真を撮りたいんだが、どうしたらいいかね?」
「知りません! だいたいにして、女の子の心はあなたが考えるくらい単純じゃないの!」