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「特別なクジラ。」/ショートショートストーリー

「あの海には特別なクジラがいるのよ。自分の声がほかのクジラには聞こえないんだって。ずっとひとりでこの広い海を泳いでいるみたいよ。」

初めて海へ遊びに来た日に、姉はキラキラした海面を指さしながら教えてくれた。

「なんて淋しいクジラ。かわいそう。」

僕がそう言って泣き出すと年が離れた姉は驚いた様子で言った。

「ねえ。なんで。そう思うの。」

「だって。家族やお友達がそばにいないんでしょう。僕だったら嫌だよ。」

僕は姉にしがみついて泣いた。何がそんなに悲しかったのだろう。ただ姉に甘えたくなっただけかもしれない。そのあとに姉が遠くに行ってしまうことは知っていたから。僕は姉が大好きだった。

「そうかな。お話しができないだけでしょう。それにクジラさんが本当に淋しいと思っているのか、誰にもわからない。でも特別なクジラね。」


姉の事故の説明をされた時、何故かそのクジラの話しが思い出された。宇宙飛行士だった姉は装置の故障で宇宙空間に放り出された。宇宙船からどんどん離れていく姉を回収するのは不可能だったと聞いた。

それから、姉は宇宙を漂っている。でも、それでは僕が悲しい。姉は宇宙という海を泳いでいるのだ。僕と違って姉は淋しくはないのかもしれない。あのクジラを特別なクジラと言った姉は。

僕は夜空に耳をすます。あのクジラと同じように姉も僕には聞こえない52ヘルツで歌っているのだろう。



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