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エッセイ「桂花陳酒」
震災の津波に自宅が流される前、我が家の庭に金木犀の若木があった。
自宅の新築と、末娘の誕生を祝った記念樹。
まだ幼かった三人の子供を育てるために奮闘していた頃、金木犀の庭にいつも子供たちの声が聞こえていた。
まだ小学生になったばかりの娘が、地面に落ちたオレンジ色の花を両手いっぱいに集めて見せに来てくれたことを今でも覚えている。
小さな手は金木犀の香りがした。
かつて我が家があった場所に再び金木
最後の恋(2000年新風舎[TILL]6号特選)
カーテンを閉め切っていても暗い部屋の中で耳を澄ますと、雪が下界に降りる気配が伝わってくる。
増蔵は軋む腰を叩きながら布団を抜け出ると、ひょろ長い体を折って、炬燵と壁の間に潜り込んだ。増蔵の背中で擦られた壁はそこだけがすっかり色が変わってしまって、影が染み付いてしまったかのようだ。
電気をつけても薄暗い茶の間である。増蔵は瞼を細めて注意深くリモコンのスウィッチを押した。若い女性リポーターが膨ら
エッセイ「ぴんくのごはん」
スーパーマーケットの棚に缶詰やレトルトパックの赤飯の素が並ぶようになったのは、いつ頃だったのか。今や家庭の炊飯器で手軽に赤飯を炊くことが出来る。
好きな食べ物は?と聞かれたら、赤飯と答える。もちろん不思議がられる。
幼い頃、肺の病気で命を落としかけた。地元の病院ではどうにもならず、仙台にある更に大きな病院に転院した。重体で助かる見込みは薄かった。
「何が食べたい?」
との母の問いに
「ぴんくのご