祐峰将護

ジャンルごちゃ混ぜ、心のままに。 エッセイ、短編、呟きなど不定期投稿

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最近の記事

エッセイ「桂花陳酒」

震災の津波に自宅が流される前、我が家の庭に金木犀の若木があった。 自宅の新築と、末娘の誕生を祝った記念樹。 まだ幼かった三人の子供を育てるために奮闘していた頃、金木犀の庭にいつも子供たちの声が聞こえていた。 まだ小学生になったばかりの娘が、地面に落ちたオレンジ色の花を両手いっぱいに集めて見せに来てくれたことを今でも覚えている。 小さな手は金木犀の香りがした。  かつて我が家があった場所に再び金木犀を植えたいと思った時、震災から8年が過ぎていた。荒れ地になってしまい、植物を植

    • 震災短歌

      慟哭の潮の香せし春なれど  船縁に和ぐ二羽のウミネコ どの口が何を言ってる馬鹿野郎  生にも死にも意味があるなど

      • 最後の恋(2000年新風舎[TILL]6号特選)

         カーテンを閉め切っていても暗い部屋の中で耳を澄ますと、雪が下界に降りる気配が伝わってくる。  増蔵は軋む腰を叩きながら布団を抜け出ると、ひょろ長い体を折って、炬燵と壁の間に潜り込んだ。増蔵の背中で擦られた壁はそこだけがすっかり色が変わってしまって、影が染み付いてしまったかのようだ。  電気をつけても薄暗い茶の間である。増蔵は瞼を細めて注意深くリモコンのスウィッチを押した。若い女性リポーターが膨らみ始めた上野の桜の下で桜の花に負けないような笑顔をふりまいている。  布団に潜っ

        • エッセイ 「キンモクセイ」

          風光明媚な坂の多い海辺の街に住んでいたことがある。夫婦で幼稚園に入る前の娘と息子を育てていた。アパートは麓の街から坂道を30分程上ったミカン畑の中にあった。車は一家に1台で夫が通勤に使うので、スーパーマーケットのある麓まで散歩がてら度々歩いて下った。S字を何度も描いて下る坂の途中に小学校があった。 忘れられない日がある。 買い出しと散歩を兼ねて坂を下っていくと、小学校では運動会が行われていた。フェンスの外には歓声や太鼓を打ち鳴らす音が聞こえていた。 「運動会見たい」 見上げ

        エッセイ「桂花陳酒」

          短編「カバネヤミ」

           町の長年の悲願である豊海島と本土の架橋が達成され、今日はその開通式のハレの日の朝だというのに、町長の片野達夫は気分が優れなかった。 「どうしたの?今朝は血圧高めだった?」  心配した妻は洗い物の手を止め顔を上げた。片野は眉間に皺を寄せながら「いや、138の88だ」  と答えると 「あら、そう。まぁまぁね」  と言いながら妻は再び食器をガチャガチャならし始めた。 「あ、もしかして、少し緊張してる?」  再び手を止めた妻がからかうような言葉を投げかける。   片野は返事をせず

          短編「カバネヤミ」

          エッセイ「ぴんくのごはん」

          スーパーマーケットの棚に缶詰やレトルトパックの赤飯の素が並ぶようになったのは、いつ頃だったのか。今や家庭の炊飯器で手軽に赤飯を炊くことが出来る。 好きな食べ物は?と聞かれたら、赤飯と答える。もちろん不思議がられる。 幼い頃、肺の病気で命を落としかけた。地元の病院ではどうにもならず、仙台にある更に大きな病院に転院した。重体で助かる見込みは薄かった。 「何が食べたい?」 との母の問いに 「ぴんくのごはん」 と私は答えたそうだ。私は3つか4つだったので記憶はない。ぴんくのごはんは

          エッセイ「ぴんくのごはん」