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書評

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書評をまとめます。以前記事を書いていた「シミルボン」のサイト閉鎖につき、しばらくは過去記事の再掲作業になりそうです。
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記事一覧

【書評】谷崎潤一郎「陰翳礼賛」

【書評】谷崎潤一郎「陰翳礼賛」

#読書感想文

【陰翳礼賛:谷崎潤一郎:青空文庫】

 西洋文明によって抹消されかかっている日本的美意識を、陰翳に焦点を当てて回顧的に語ったエッセイ、といったところ。

 著者の作品は吉野葛くらいしか読んだことがない。あの作品で最も印象に残っているのが、山あいの寒村で主人公が食べた「熟柿(じゅくし)」にまつわる描写で、場面や状況と混然一体となった微細な描写が卓越していた。本作も作家の鋭い感性で日常

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【書評】フランツ・カフカ「審判」

【書評】フランツ・カフカ「審判」

 テストで0点を取ったことがある。
 数学である。
 まったく勉強しなかったとか、白紙で出したとか、そういうことならまだわかる。しかしそれなりの勉強時間を割き、それなりの手ごたえを以て終えられたテストが0点で突き返された日には戸惑いを禁じえない。途中式の加点さえつかないのだから、果たして自分はこれまで何をやってきたのか。
 もしかしたら、数学を学んでいたと思いきや、それとは全く異なる規則体系につい

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「マイノリティ・リポート」フィリップ・K・ディック

「マイノリティ・リポート」フィリップ・K・ディック

 SF短編集。
 所収短編「マイノリティ・リポート」と「追憶売ります(トータル・リコール)」はハリウッド映画の原作。
「過去改変」「ロボットによる支配」「管理社会」「火星探索」等、様々な話が描かれている。そうだな、ディックについて特別詳しいわけではないが、本書から見たところの特徴とは何だろう。SF作家としては当然のことながら、現に成立している状況の裏に回って疑いを立てるという傾向性は強くある。とは

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【書評】珍奇な昆虫:山口進:光文社新書

【書評】珍奇な昆虫:山口進:光文社新書

 ジャポニカ学習帳の表紙写真で有名な昆虫写真家、山口進の、昆虫にまつわるエッセイ。各国の珍奇な昆虫が美麗な写真とともに旅行記風に紹介されている。全編カラー。
 ハナカマキリは実は花のそばにいるわけではなく、花の咲かない葉や茎の上で自身が花になりきって獲物を待ち伏せしている。
 タイのフンコロガシは土中に小玉スイカほどもある糞球を何個も作る。
 アリの巣のなかで生育するシジミチョウがいる。
 アブラ

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【書評】夢のなかの夢 アントニオ・タブッキ

【書評】夢のなかの夢 アントニオ・タブッキ

【夢のなかの夢:アントニオ・タブッキ:和田忠彦訳:岩波文庫】
 詩人や画家が見たかもしれない夢を、作者が想像で描いた掌編集。夢の本。突然の場面転換や、不可解な状況設定といった無理由性は夢らしい。本作の特徴は、どれも三人称で描かれている点だろう。夢の主が「アントン・チェーホフ」だったら、「アントン・チェーホフは……」という風に人称で書かれる(しかもなぜかフルネームで)。加えて、「いつどこで誰が見た夢

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