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掌編など

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自作のちいさなちいさなおはなしを、まとめています。
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【短編小説】匂いのない光景

【短編小説】匂いのない光景

墓じまいに来たついでに、祖父母の家があった土地の近くまで車を進めた。
祖父母の家はわたしが学生だったうちに解体が済んでしまったけれど、すでに限界集落に近い山の半ばの村は、住む人のいなくなった木造の古い家をいくつも残している。

歳をとり右足が悪くなった母を助手席から下ろし、二人で少しだけ辺りを歩いた。
アスファルトの舗装のない白いコンクリートの細道を、支えながらゆっくり上る。小道はひび割れて、やが

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【掌編】鈴生り

【掌編】鈴生り

昔はたくさんあったよね。

営業先からの帰り道、先を歩く同期がポツリと言ったので、僕は反射的にうんと答えた。
視線を辿れば、角の家の庭先、葡萄状のものが塀からわんさかはみ出している。
子どもの頃によく見たな、と慌てて記憶を漁るけれど、名前が出てこない。

「なんだっけアレ。ほら、ブドウじゃなくて」
「アレだよね。アレ。手についたらなかなか色が落ちない」
「色水遊びとかに使ったり」
「小学校の校庭の

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流れる

流れる

暑さの名残の中、久しぶりに訪れた川は、きらきらと日を弾いていた。清い流れは緩く甘く、さらさらとした優しさに満ちているように見えた。

足を差し入れれば、拒絶のような凛とした冷たさ。慌てて踏み込んだ先の小石の尖り。思わぬ深みと速さに弄され、脱ぎ捨てたサンダルは遥か下方へ。

川は夏の終わりの全てをそそぎ、
押し流されてわたしは秋になる。
#創作 #物語 #小説 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #詩

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百日紅の向こう

百日紅の向こう

陽射しが辛くて、空を睨むように見上げたら。
百日紅の花と葉の隙間から、青空が太陽を支えているのが見えた。

もう少し、おたがいがんばりましょうか。

声を掛け合う花と、樹と、空と、雲と、私。
嵐のような夏の太陽の癇癪が終わるまで、きっとあと少し。
#小説 #詩 #写真 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #百日紅 #夏

夏じまい

夏じまい

そろそろお別れだ、と貴方は言った。なるべく気づかないようにいなくなるからさ。
朝と夕とが冷えていく。風が通り抜けるたび、貴方が薄まる。夏、夏、熱に抱かれた私に生きている実感を与え、くっきりと強い光を焼き付け、気がつけばどこかへ。ざわめきのような恋しさだけを残して。
#小説 #詩 #写真 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #夏 #夏の終わり

夕焼け色の唇で

夕焼け色の唇で

夏の終わりの鮮やかな夕暮れ。サーモンピンクの空に手を伸ばすと、指先に綺麗な色がついた。恐る恐る唇に塗り込んで出かけてみる。貴方に綺麗だと褒めれらた。
帰り道、爪先をギリギリまで伸ばして夜空に口づけした。キスマークは小さな星になる。夜空への浮気は秘密にしておこう。
#小説 #詩 #掌編 #短編小説 #写真