見出し画像

死んだ恋人に会いにいく 第1話

あらすじ

 高校時代のクラスメイトの訃報に接した中原叶多なかはらかなたは、数年振りに遠地にある故郷へと急ぎ帰った。
 翌日になり執り行われた葬儀に参列した叶多は、遺族の中に高校時代のセーラー服に身を包んだ故人の姿を認め戦慄する。
 その日の夜、叶多の携帯電話の画面に表示された名もまた、若くして非業の死を遂げた旧友のそれであった。

『死んだ恋人に会いにいく』
 そのたった十一文字の言葉だけを残し、水守唯みずもりゆいはひとり彼岸へと旅立っていった。
 彼女はなぜ、自ら命を絶ったのか?
 死んだ恋人というのは、いったい誰のことなのか?
 数々の出来事を経て、叶多は遂にその答えへとたどり着く。

第一章 プロローグ

報せ

 盆休み初日の八月十三日。
 まだ夜も明けたばかりの部屋に、スマートフォンのけたたましい着信音が響き渡る。
 枕元で喚き散らすスマホの首根っこをむんずと掴むと、悪さをした飼い猫でも叱るかのようにその画面を睨みつけた。
 6インチのディスプレイに表示された『高畑浩二たかはたこうじ』という名は、友人であることに違いはないが特に仲が良かったというわけでもない、久しく連絡を取っていなかった高校時代のクラスメイトのものだ。
 そんな彼がよりにもよってこんな時間に、いったい何の用事があるというのか?
 それも電話に出さえすればすぐに判明するのだから、あれこれと考えるよりもとっととそうするべきなのだろう。
「はい、中原なかはらです」
『あ、叶多かなた君? 朝早くにすいません。高校の時に同じクラスだった高畑です』
 そういえば彼はこんな声をしていたなと、押し入れの奥から埃を被った玩具おもちゃを見つけた時のような懐かしさを覚える。
「久しぶり。高校を卒業して以来だから――」
 あれからもう、六年半にもなるのか。

 四方を山に囲まれた町で私は生まれ育った。
 小学校中学校と顔ぶれは一切変わることなく、高校に入って初めて新しい友達ができたという、そのくらいに田舎の町である。
 それだけが理由ではなかったが、私が大学受験に際して持ったささやかな希望は、都会に出て一人暮らしをするというものだった。
 本命校に受かることはできなかったが、滑り止めで受けた私大が思いのほか肌に合っていたようで、気がつけば他の学生より一年長く在籍し、卒業後はそのまま都会で就職して現在に至っている。
 果たして最後に地元に帰ったのはいつのことだったか?

 閑話休題。
 そんな理由から、郷里の人々との付き合いが断絶していた私のところに、こんな朝早くからさほど親しくもなかった旧友から連絡が入ったのだ。
 よもや彼とて思い出話に花を咲かせるために電話をしてきたのではあるまい。
「それで何か急ぎの用事なんだよね?」
 不躾は承知の上で、率直にその理由わけを訊ねる。
『あ、うん。水守みずもりさんっていたでしょ?』
「水守さん? 彼女がどうかしたの?」
『それが……亡くなったんだよ』
「え? 亡くなった? 水守さんが?」
『うん。一昨日の朝にその、自殺したらしい』
「自……」

 水守ゆいという同級生は勉強がよくできる優等生で、腰の上ほどまである長く綺麗な髪と、西洋人形のような大きな瞳と白い肌が印象的な美人でもあった。
 もっとも、当時の私と彼女との間にはこれといった交友はなく、連絡先こそスマホに入ってはいたが、ただの一度も連絡を取り合ったことはない。
 言ってしまえば、限りなく他人に近い友人。
 それが私のとっての彼女だった。
「……そうなんだ」
 たとえ親しくなかったとはいえ、半生を同じ学舎まなびやで過ごした同級生が、二十代も半ばの若さで亡くなったと聞けば色々と思う所もある。
 しかもそれが、自らの意思でそこに至ったというのだから尚さらであった。
 きっと高畑からのこの電話は、彼女の通夜や葬儀に関するものなのだろう。
 だとすれば私はどうするべきか?
 この街から生まれ故郷まではどんな交通手段を用いても、数時間からの移動を要する。
 仮に今から支度をしてすぐ家を出たとしても、到着は早くても昼過ぎになってしまう。
 もっとも通夜であれば宵の口から執り行われるのだろうから、時間的な心配はさほどないのかもしれないが。
 そもそものところ、私は参列すべきなのだろうか?
 それに亡くなり方から考えると、密葬という形をとるかもしれない。
 もしそうであれば、もともと親しくもなかった私の出る幕などは余計になくなる。
『もしもし叶多君?』
「あ、悪い」
『いや。こんな朝早くに電話を掛けさせてもらったのには理由わけがあってね』
「その理由って?」
『昨夜の遅い時間に彼女のお母さんから電話をいただいたんだよ。高校の卒業文集で調べたって言ってた』
「ああ。高畑って三年の時クラス委員長だったんだっけ」

 高畑が水守さんの母親から聞いた話では、葬儀は家族葬で執り行われるのだという。
 ただ、告別を希望する親しい人に限っては、通夜に来てくれる分には構わないとも言っていたそうだ。
 それにもうひとつ、娘のことでどうしても知りたいことがあるとも。
 高畑が早朝から私や他の同級生に電話で連絡を取っていたのは、むしろこちらためのようだった。
「それで水守さんの親御さんは、何を知りたいんだって?」
『うん。彼女、自宅のポストに何通かの遺書を残していたそうだんだ。そのうちの一通に書いてあった文言が、どうあっても自分たちでは解決できないからって』
 ならばと娘の旧友に解決の糸口を求めたのだとすれば、それは一体どんな内容だというのだろう?
「そこにはなんて書いてあったの?」
『それがね』
 彼女が残した遺書に書かれていたのはたった一言だけ、たった十一文字だけの短い言葉だったという。


全エピソードのリンク



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?