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死んだ恋人に会いにいく 第38話
強襲
仕事納めとなる十二月二十九日の今日は、弊社の全従業員が一堂に会するという、年にたった一度か二度あるだけの特別な日でもあった。
もともと小所帯の職場ではあったのだが、テレワークが常態化したことにより新人などは初めて見るような顔もおり、なかには社員同士で名刺の交換をしている者までいた。
本来それはあまり褒められる行為ではないのだが、新しい時代に変わりつつある今ならではの光景なのかもしれない。
年末年始も休みなく働いてくれる他部署の仲間たちのためにも、普段以上に抜かりなく仕事に精を出すこと七時間と少し。
概ねのタスクを完了させ、残りわずかな勤務時間をデスクの周辺の整理をしながら浪費していると、いつの間にかスマホのランプが点滅していたことに気がつく。
ちょうどトイレに行きたかったこともあり、スマホをポケットに忍ばせてオフィスをあとにする。
個室で用を足しながら覗き見た画面の名を見て、私は正直なところ少し嬉しく思い、その反面では嫌な予感がしていた。
今年の夏に別れてから、たったの一度も連絡を取っていなかったその少女からのメッセージは、かつて彼女の姉が残した言葉と大差のない簡潔さだった。
『お話ししたいことがあります』
彼女が私に話すことがあるとすれば、すぐに思いつくのは次の三つの可能性だった。
一つ目は彼女の姉のことで、おそらくはこれが本命だろう。
ただし、その場合は明るい話であるはずがない。
二つ目は彼女の母親のことで、もしこれだとしてもやはりいい予感はしなかった。
なぜなら事態が好転したのであれば、あのような意味有りげなメッセージではなく、普通にその旨を認めればいいだけなのだから。
三つ目は――これはないだろう。
もし仮にそれだとすれば、四か月もの間まったく音沙汰なしであったことの説明ができない。
いずれにせよ急いで家に帰り、早急に彼女に電話をしてみるべきだろう。
終業と同時に会社を飛び出すと、高校時代帰宅部だった経験を最大限に生かし、最短の距離と最小の手順で自宅マンションを目指す。
普段は徒歩で移動する区間はタクシーで時短し、三十分後には自宅のソファーに腰を下ろしていた。
連絡先アプリから彼女の名を見つけ出し、通話のボタンを押そうとした、その時だった。
緊張からか手のひらが汗ばんでいることに気が付き、その理由を自身に問い掛けてみる。
これから語られるであろう話の内容に、少なからず悪い予感がしているから?
それとも、その相手が自分に好意を寄せてくれている少女だから?
恐らくはその両方なのだろう。
『はい、水守です』
「茉千華ちゃん? 叶多です」
『お久しぶりです。おかわりはありませんでしたか?』
「うん。おかげさまで」
茉千華ちゃんのほうはどう? と聞こうとして慌てて口を噤む。
何か変わったことがあったから、彼女は数か月かぶりに私に連絡をしてきたに決まっていた。
「それで、話って?」
『はい。おねえちゃんのことです』
それはまったく予想通りで、心の準備もできていたつもりだったのだが、暗い話になることがわかりきっているだけに気持ちが重くなる。
「何かわかったの?」
『ぜんぶです』
「全部って?」
『ぜんぶです』
彼女は同じ言葉を繰り返した。
しかしだとしたら、なぜ彼女はこんなにも淡々とした口調なのだろうか?
むしろ平然を通り越し、まるで断頭台に括り付けられた罪人に刑を執行する刑吏のそれに近いような――というのは、我ながらさすがに想像の飛躍が過ぎた。
『あの、お時間いいですか?』
「あ、うん。今ちょうど家に着いたところだから大丈夫だよ」
『よかった。じゃあ駅の噴水のところで待ってます』
「え?」
『それともタクシーで行ったほうがいいですか? 住所は知ってるので』
「……いや、そこで待ってて。十分で行くから」
電話を切ると同時に財布とスマホを握りしめた私は、今さっき降り立ったばかりの駅へと向かい走り出した。
仕事帰りのサラリーマンたちや、買い物帰りの家族連れが行き交う駅前は、いつになく賑やかで楽しげな雰囲気で満ちていた。
小さな噴水の前に設置された石造のベンチに座り、随分と熱心そうにスマホを覗き込んでいる少女に恐る恐る声を掛ける。
「茉千華ちゃん?」
「あ、すごい! 本当に十分ちょうどでした!」
そう言いながらすっくと立ち上がった彼女を真正面に見据える。
膝丈の真っ赤なダッフルコートに包まれ、その背面に相変わらず美しい黒髪を垂らした少女からは、先ほどの電話で受けたような冷淡な雰囲気は一切感じられない。
それどころか目と目が合った瞬間、これまでで見た中でも最高級の笑みをその端正な顔に浮かべて見せるとこう言った。
「かなたさん、会いたかったです」
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