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死んだ恋人に会いにいく 第37話

孤独

 今年の夏は例年に比べて終わるのが早かった。
 それは逆に秋の訪れが早かったと、そう言い換えることもできる。
 そしてやはりというべきだろうか、冬までもが足並みを揃えて駆け足でやってきたのだった。
 誰も頼んでなどいないのに。

 当地にも昨夜から白いものが降り続けており、テレビのニュースでは引っ切り無しに、『ダイヤの乱れ』だの『飛行機が欠航』だのといったような内容を報じていた。
 本来であれば今日は私も出社日だったのだが、今朝早くに会社から在宅ワークへの変更を言い渡された。
 おかげで外界の様子を気にすることなく仕事に精を出し、あと五分で終業時間という絶妙さで、本日予定されていたすべてのタスクをやっつけることに成功した。
 成果物を会社のサーバーに送っている時間を有効活用すべく、カメラの死角にあるベッドへと身を投じる。
 今年もたったあと一日の出勤で、正月の三が日が終わるまでの五日間の休みに突入する。
 それは例年であれば、趣味と実益を兼ねた旅行に充てる期間だった。
 だが、いろいろとありすぎた今年は、どうにもそんな気分にはなれない。
 寝正月とは実にいい響きではないか。

 終業と同時に家から出ると、通りを隔てたところにある居酒屋で少量のアルコールを摂取し、コンビニで弁当を買って帰宅した。
 暗闇の玄関で靴を脱ぎ、そのまま灯りもつけずにリビングの三人掛けのソファーにどかりと座り込む。
 するとまだ二十時を少し回ったばかりだというのに、突如として猛烈な眠気に襲われたのだった。
 こんな時に家庭持ちであれば『寝るなら寝室に行ってよね』などと、尻を叩いてもらえるのかもしれないが、独り身の私はその分だけ気楽で、その分だけ孤独でもあった。
「おやすみなさい」
 誰もいない部屋に自分の声だけが虚しく響く。

 真夜中に目を覚ましてシャワーを浴びると、再び眠りに落ちるためだけにアルコールをあおる。
 我が身のこととはいえ、なんともはや不健康なことこの上ない。
 こんな自堕落な生活をしている息子のことを、天国にいる両親はさぞ嘆いていることだろう。
 もっとも現世にいるもう一組の父と母にも、すでに何年も前から同様の思いをさせていたのだったが。
「せめて来年は食生活だけでも改善しよう」
 あえて声に出し言ってはみたが、その発言の信憑性のなさをもっとも知っている人間しかこの場にいないのだから、まったく以て世話のない話であった。



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