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死んだ恋人に会いにいく 第3話

旧友

 高畑の家からしばらく車を走らせると、やがて茜色に染まる低い山を背負った古びた校舎が見えてきた。
 苔むしたコンクリート製の校門の前には、私たちと同じように黒装束に身を包んだ男女が輪になってたむろしている。
 通夜なので本来は礼服でなくともよかったのだが、時期的に否が応でも軽装となる平服で行くのははばかられ、事前に申し合わせて正装で伺うことになっていた。
「学校には許可を取ってあるから車は中に入れちゃえばいいよ」
 来客用の駐車スペースに車を止めドアを開けたのと同時に、校門前の人集りの視線がこちらに向く。
 当たり前といえば当たり前だが、そのどれもが知った顔ばかりで、懐かしさと同時に妙な気恥ずかしさに襲われる。

「二人とも久しぶり! 特に中原くん!」
 真っ先に声を掛けてきたのは、女子のクラス委員長だった芝川しばかわさんだった。
 彼女は今回の件では高畑と共に声掛けを行ってくれた功労者でもある。
 昔と変わらぬ愛嬌のある丸顔と、ふわふわとしたショートボブの組み合わせは、六年の月日を感じさせないほどに当時のままであった。
 風のうわさ――というか、道すがら高畑に聞いた話によれば、彼女もこの町から遠く離れた都会で、ウエディングプランナーの職に就いているそうだ。
 他の面々も姿形に多少の変化こそあったが、やはり往時の面影を強く残していたので、誰が誰なのかはすぐにわかった。
 どうやら私たちの到着が最後だったようだ。
 各々が簡単に挨拶を済ませると、誰からというわけでもなく通夜の会場へと集団移動が開始される。
「通夜に参列するメンバーはここにいるだけで全員?」
 最後尾で肩を並べていた芝川さんに訊ねる。
「あ、うん。その、急だった……からね」
「まあ、それもそうか」
 確かに私のように今朝になって連絡を受けた人が、すぐに『それじゃあ』と馳せ参ずることは、たとえ盆休みのこの時期であったとしても難しいだろう。
 特にうちの高校の同級生は、地元で職についた人数などたかが知れていた。
 皆若い身空ゆえ、盆暮れ正月には帰省するという感覚自体が希薄なのもあるだろう。
 それについては、こんなことがなければこの場にいなかったであろう私も、他人のことをとやかく言える立場ではなかったのだが。

 古い家並みの間にある、車一台が通れるかどうかといった細い路地へと一行は入っていく。
 行き先こそ知ってはいたが、そこがどこにあるのかまでは知らない私は、金魚のフンよろしく前を歩く地元連中に追従する他なかった。
 やがて周囲から人の営みの気配が薄れていき、代わりに秩序正しく地面から生えた杉の木々が道の両脇に現れる。
 元々ほとんど失われていた夕日だったが、ついには杉の葉枝により完全に遮られると、この場所に於いては既に夜の帳が下りきってしまった。
 銘々ポケットやバッグからスマホを取り出し、撮影用のライトを懐中電灯代わりにして慎重に歩みを進める。
 七人からの大人数であるがゆえに、夜の闇が心細いというようなことはなかった。
 だが、間違いなく今以上の暗がりを歩くことになるであろう復路のことを考えると、さすがに少しだけ憂鬱な気分になってくる。
「高畑、水守さんの家ってまだ遠いの?」
 まるで子が親にするような口ぶりで質問した私に、彼は一瞬だけ立ち止まると暗い山道の少し先を指差す。
「あのお宅だよ」
 黒くて少しだけ節くれ立った高畑の指が向けられた方向に目を向ける。
 果たしてそこには一軒の民家が、杉の木々を押し退けるように建っていた。
 白い外壁を擁した二階建ての一軒家は、 特段珍しい意匠の外観をしているというふうでもなかったのだが、逆にその整然とした佇まいがこの場所にあってはそこはかとない違和感を醸し出している。

 玄関先に提灯が置かれているということもなければ、弔問客を案内するような人の姿も見当たらない。
 密葬であるのだから当然といえば当然なのだが、そのことがなぜか痛く残酷に思えた。
 いつの間にか集団の先頭に立っていた芝川さんが、赤いインジケーターの灯るドアフォンのボタンを静かに押下する。
 ややあってアルミ製の玄関ドアがゆっくりと開かれると、水守さんの親族と思しき女性が顔を出した。
 そして、続けざまに抹香の香りが頬を撫でるように顔を掠める。
「あの、私たち唯さんの高校の同級生で……」
 ひと目見ただけで憔悴が見て取れるその女性は、おそらくは水守さんの母親なのだろう。
「娘のために足を運んでいただいて、本当にありがとうございます」
 ほとんど聞き取れないような声量で弔問への礼を口にした女性は、玄関を上がってすぐのところにある和室へと通してくれた。
 八畳ほどの部屋の中心に敷かれた白い布団の上に、かつて私たちの同級生だった彼女はいた。
 七人という大所帯で押しかけていた我々は、必然的に布団を取り囲むように座することとなる。
「唯。お友達が会いに来てくださったよ。……よかったね」
 女性はそう言うと、故人の顔に掛けられていた絹製の打ち覆いをそっと捲った。



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