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創作大賞2024 | ソウアイの星⑮

《最初から 《前回の話 


(二十)

 久々に集まったのは、梅雨入りする前の六月だった。朔也さくやのリクエストで、吉祥寺駅から数分の焼き肉店に四人が揃った。

 朔也の退院祝いという名目で集まったけれど、手術から半年が経っていたから本人は照れくさいらしく、乾杯の挨拶をしようとするけんを制して、朔也自ら話し始めた。

「いいよ、そういうのは。なんか病人みたいじゃん。だけど、ありがとね、色々。皆には本当、感謝してる」
 乾杯、と朔也が言って、わたしたち四人はグラスを合わせた。

「朔也くんは飲まないの?」
 朔也がカルピスソーダを飲んでいる姿が珍しくて、わたしは訊ねた。
「最近、薬飲んでて。禁酒してる。ずっとじゃないけどね」
 そうなんだ、と少しふっくらした朔也の横顔を眺めた。

「相変わらずカクテル好きなんだ」
 今度は朔也がわたしに言った。
「甘いのしか飲めないから」
 そんなふうに言いつつ、本当の理由は他にあった。

 今日は朔也と健が新曲を披露してくれる日だった。そのことがすごく楽しみで、わたしは最初からカクテルを二杯飲むつもりだった。
 朔也がわたしをイメージして書いてくれた「ソウアイの星」。その歌詞の冒頭に『カクテル二杯で』と出てくるのだから、ファン心理としては再現したくなるのだった。そんなことにも気づかないなんて、とまた朔也の横顔をちらと見た。今日の朔也はとても静かだった。

「あ、そういえば。マネージャーのわたしから三人に発表があります」
 他愛もない話で盛り上がる中、突然、はなが注目を集めようと手を挙げた。
「え、バンドのこと? わたし、聞いちゃっていいの?」
 当たり前でしょ、と華が言った。

「来月、会場抑えたよ。半年前にキャンセルした、あのクラブ」
 リベンジだね、と華は意気込んだ。健は何も言わず、にやっと笑って朔也を見た。

「大丈夫? 朔也くん」
 わたしは、いまいち反応の薄い朔也が心配になって声をかけた。すると朔也はわたしに言った。
「やる気に満ち満ちてるよ、こう見えて。ただ……」と言葉を切って黙った朔也は、深呼吸するように息を吸って、静かに吐いた。
「緊張する」
「だよね」

 即座に華が反応した。

「急すぎた? 大丈夫? 一応、こないだのミーティングで話した通りの予定で組んでみたんだけど」
 いや、大丈夫、と朔也は言って、今度は笑顔を見せた。

「華、いつもありがとね。俺、頑張るから。これからもよろしく」
 かしこまってそう言われた華は、なんかやだ、と言って目を潤ませた。

「今年、CALETTeは五周年だし、もう少し大きいとこでもやりたいね」
 健が言った。
「そうだね」と見つめ合う朔也と健を、わたしはうっとりした気分で眺めた。
『顔がとろけてるよ、流香るか。ねえ、それより全然食べてないじゃん。焦げちゃうよ?』
 相変わらず食い意地の張ったルナがわたしの中で騒いでいる。

「そう言えば、健は上京するときの夜行バスの中で宣言したよね」
 華の話に、何を? と朔也が訊いた。

「アリーナ埋められるアーティストになるって」
 さすが健くん、かっこいい! とわたしは叫んだ。

「当然でしょ」と健は言って、ジョッキのビールを飲み干した。

「朔也くんも、そういう夢をもって出てきたの?」
 わたしが訊くと、俺はどうだったかな、と言って朔也は二杯目のカルピスソーダを飲んだ。

「あったかもしれない。多分、健とおんなじようなこと。武道館埋めようとか、そういうことは人並みに思ってたし、できると思ってた」
 健と朔也が互いに含み笑いで、テーブル越しにハイタッチをした。

「なんか、見たことある光景だけど。ねえ、これからの目標って何? 個人でも、バンドでも」
 わたしが興奮気味に朔也に訊ねる姿を見て、「流香ちゃんがインタビュアーになっちゃった」と華が笑った。

「これからの目標ねえ」
 朔也は考えるように腕を組んで、健は焼きあがった肉を三枚一気に口に入れた。
「ないかな」
 朔也の答えに、三人が一緒に「ええ?」と言った。ルナはほとんど叫んでいた。

「ないの?」
 意外だね、と華も驚いている。健は何も言わず、口を動かしながら朔也を見つめていた。

「意識が変わったんだよ。一本一本、ただその日のステージを大切にしたい。そこに全力。余力が残らないくらいに集中できたらいいなってこと。個人の思いとしてはね」
 そうだね、と健が言った。

「一本一本、大切にしよう」
 健がそう言うと、うんうん、と華とわたしも頷いた。

 少し沈黙したあと、例えばさ、と朔也が続けた。

「もしCALETTeの十周年があったとして。そこに、変わらないメンバーがいて、ファンの皆がいて、お互いに光を見ていられたら、なんか良いよね」
 朔也の言葉に頷いた健は言った。

「高め合えるステージをしたいね」
 馴れ合いじゃなくて、戦いでもなく、と健が言うと「ソウアイ」と朔也がいたずらっぽく笑った。

 わたしたちはとめどなく会話を続けて、あっという間に二時間が経った。

「さ、そろそろ行きますか」
 健がギターケースを肩にかけたのを合図に、皆立ち上がった。

『皆、喋ってばっかで、全然食べなかったじゃん。なにしに来たの、あんたたち』
 ルナは食の細いわたしたちに呆れていたけど、こうやって、ゆっくり四人で話すのが久しぶりだったから、わたしの心はとても満たされていた。

 先に歩き出した三人の背中を見ながら、わたしはルナに言った。

「いよいよ聞けるね、新曲」
 わたしは高まる興奮を抑えて、三人を追いかけた。




⑯話(最終話)へつづく


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