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#人類学

ヒト以前の離乳事情

ヒト以前の離乳事情

子育てをしていると、いや、していなくても、粉ミルクやベビーフードのなかった昔、子供は何歳までおっぱいを飲み、どんなふうに離乳してんだろう? という疑問がわいてきます。授乳・離乳は子供と母親の健康だけでなく、集団の死亡率と出生率などにも大きな影響を与えますので、このような疑問は人類学的にも重要です。過去の授乳期間や離乳食を調べることで、当時の人びとの生き様をより深く理解できるのです。

過去の離乳事

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おっぱいの避妊効果の今昔

おっぱいの避妊効果の今昔

授乳には避妊効果があることが知られています。つまり、出産を経て、母親が赤ちゃんにおっぱいをあげているあいだは、月経周期が停止したままになって排卵が起こらなくなり、次の子を妊娠しにくくなるのです。これは、妊娠出産授乳によって疲弊した母体が回復する時間を確保するために、哺乳類にそなわった適応であると言われています。

ヒトでも授乳による避妊効果が見られます。赤ちゃんが母親のおっぱいの乳頭を吸うことで刺

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身元不明の漂着遺体から…

身元不明の漂着遺体から…

思いもよらない資料/試料が偶然手に入ることによって,これまでなかなか進まなかった研究が一気に進展する,ということがあります.人類学はヒトを扱う研究であるため,実験的な介入の程度がほかの動物と比べて低くなりがちです.(たとえば,特にヒトに対しては,痛みやケガや後遺症が残ってしまうような実験をすることは,倫理上とても大きな問題がありますね).

そのため,意図的に手に入れることはできなかったけれど,偶

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【書評】『ヒトと文明──狩猟採集民から現代を見る』

【書評】『ヒトと文明──狩猟採集民から現代を見る』

『ヒトと文明』は分子人類学の大家、尾本恵市氏による自然人類学の本だ*1。『生物と無生物のあいだ』で著名な福岡伸一氏は「尾本人類学の集大成」と評したが、この本を一般向けの人類学の解説書だと思って読み始めた人はきっと面食らうだろう*2。この本は解説書でも教科書でもなく、人類学者が人権問題を訴える本である*3。そういう意味ではレイチェル・カーソンの『沈黙の春』に近いのかもしれない。

もちろん、解説書と

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母親に力を与えるもの【書評】

母親に力を与えるもの【書評】

この記事で紹介するのは,枕になりそうな分厚い二分冊の書籍『マザー・ネイチャー』です*1.実を言うと,この本は購入後しばらく私の本棚のなかで眠っていました.それをある日,母子関係の進化について講演をする必要から読みはじめたところ,じつにおもしろくて,いろいろな部分にシャッシャッと線を引きながら,一気に読み終わってしまったのでした.

ヒトの母子関係を進化と生物学の観点から解き明かしていく本書は,これ

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ネアンデルタール人の贈り物

ネアンデルタール人の贈り物

 最近の人類学の研究結果で,最も人々を熱狂させたもののひとつは,やはりネアンデルタール人と,我々ヒトが交雑していたということだろう.このnoteでも,何度かそれに関連する記事を公開している(バック・トゥ・ザDNA, 【書評】ネアンデルタール人は私たちと交配した).ネアンデルタール人と我々ヒトがいったいどんな社会関係を結んでいたのか,という問いも興味深いが,ネアンデルタール人が我々ヒトにどんな遺伝

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人類の苦悩と前衛的パフォーマンス【人類学者の日常】

人類の苦悩と前衛的パフォーマンス【人類学者の日常】

 普段生活していて、自分が「人類学者」の端くれであることを意識する機会はほとんどありません。けれど、時にその学問に囚われていることに気づくこともあります。例えばそう、前衛的なパフォーマンスを見た時に。

人類の苦悩を感じた前衛的パフォーマンス シルヴィ・ギエムという、100年に1人と言われるフランスのバレエダンサーがいます。その人が引退すると聞いて、最後の公演に行ってきました。普段ダンスを見ること

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はい、チーズ、【人類学者の日常】

はい、チーズ、【人類学者の日常】

人類学者であるからには人間のことや人付き合いが大好きなのだろうと思われる向きもあるかもしれないが、とんでもない。私は自他ともに認める人見知りのようで、また大勢の人ががやがやしているところはどうも苦手であることに最近気がついた。人に「迷惑」をかけることを恐れて、頼みごとを口に出せないことも、しょっちゅうである。

写真を撮るいつだったか、海外で参加したツアー旅行のようなもので、「先住民の村訪問」とい

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遊びを生む脳のデザイン

遊びを生む脳のデザイン

 仮に人生に意味があるとして、我々は何のために生きているのだろう。子孫を残すため、というのは一応一つの答え方だと思う。少なくとも我々の誰もが、同時代人の中で不釣り合いに多くの子孫を残した祖先を持っている。恋愛、嫉妬、親としての愛情、身内びいきなど、祖先から受け継いだ強烈な衝動に駆られ、ヒトは、他の動物と同様、あたかも子孫を残すことが目的であるかのように生きてきたのではないか。

 しかし、社会全体

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