人類の苦悩と前衛的パフォーマンス【人類学者の日常】
普段生活していて、自分が「人類学者」の端くれであることを意識する機会はほとんどありません。けれど、時にその学問に囚われていることに気づくこともあります。例えばそう、前衛的なパフォーマンスを見た時に。
人類の苦悩を感じた前衛的パフォーマンス
シルヴィ・ギエムという、100年に1人と言われるフランスのバレエダンサーがいます。その人が引退すると聞いて、最後の公演に行ってきました。普段ダンスを見ることはほとんどないのですが、それでも彼女の身体能力には圧倒されました。50歳の女性であの体はすごいです。筋肉隆々、躍動感溢れる動き、どこから曲がってるのかよく分からない関節の開き具合。同じ人間とは到底思えません。体の仕組みが違うのではなかろうか。
私が見た5つの演目の中の1つ、アクラム・カーン振付の『テクネ』では、舞台にいきなり木が現れます。吹きすさぶ風の音、鳥や獣の鳴き声が響く中、木の周りを四つん這いになり、ナックルウォーク(※1)で歩くギエム。静々と動いていたのが、だんだん木と呼応して二足歩行になり、それでもまたぐるぐる木の周りをまわっています。時々苦悩の表情を浮かべて、倒れたり、地面を転がったり。前衛的すぎてよく分からないけど、なんだか圧倒されるものがありました。そうか、これはきっとアフリカの大地で、進化の過程で二足歩行を始め、脳の大きくなった人類が、同時に悩むことを知ってしまった、その苦悩を表わしているのだろう。この前衛的な芸術も、よく分からないけど、こんなこと考え出すのはヒトくらいなんだから、これがきっとヒトらしいってことなんだな。芸術が生まれた頃、洞窟壁画とともに、きっとこんなダンスも踊っていたんだな。ううむ、深い…。
ちなみにこんな感じのパフォーマンスです。
そう思って公演を終えた後、色々と調べていたら、このダンスは、ギエム自身の環境問題への関心から生まれたということを知りました(※2)。彼女はビーガン(菜食主義)の実践者でもあり、肉が売られているスーパーマーケットにも行かないという徹底ぶりで、自然保護活動も積極的に行っています。ヒトが地球を壊している、という主張で表現されていた彼女のパフォーマンスを、私は環境問題なんて微塵も思いつかず、人体の神秘と、人類の進化を考えて、「こんなものを創り出す人間ってすごい…!」と思って見ていたのです。まったく、パフォーマンスのテーマと真っ向から対立しています。人類の環境破壊を訴えるパフォーマンスを、人類誕生の讃歌として受け取っていたなんて。自分がいかに「人類学」に染められてしまったのか、思い知らされた出来事でした。
(執筆者:mona)
※1 前足の指を軽く握り込み、指関節の外側を使って行う四足歩行のこと。ゴリラやチンパンジーなどで見られる。
※2 http://www.nbs.or.jp/stages/2015/guillem/program.html
http://www.euronews.com/2015/12/10/going-out-on-top-sylvie-guillem-s-last-dance-in-europe/
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