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短編小説

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1,000〜10,000字程度までの自作短編小説を掲載しています。
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短編小説「自己愛の巣」#ピリカグランプリ”不”参加作品

短編小説「自己愛の巣」#ピリカグランプリ”不”参加作品

 6面の鏡に囲まれたその小部屋は、ナルシシズムを加速させる装置だ。

 様々な衣装を着て、時に化粧をして、自らを鏡に映す。40になる男が何をやっているんだという羞恥心を超えた頃、ナルシシズム、つまり自己愛がくすぐられる。悪くないじゃないか。
 そこで現れるのが彼女だ。天井の無い小部屋の上から俺を見下ろす。芸術という概念が命を宿したような美しい姿を見て、積み上げてきた自己愛は崩れ去る。
 そこまでが

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短編小説「花にふれて」(読了6分)#うたスト!応募作品

短編小説「花にふれて」(読了6分)#うたスト!応募作品

 年季の入った食器棚の横の隙間に手を突っ込むと、誰かの手に触れた。

 なんの思いつきか、私は年末でもないのに大掃除をしていた。
 念願のマイホームに浮かれていたのは14年前。どれだけ掃除したって、新築のようには戻りはしない。食器棚も、その頃から使い続けているものだ。

 その横の隙間。14年間、ただの隙間でしかなかったはずの場所で、誰かの手?
 私は思わず仰反るように手を引く。キッチンにぶつかり

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短編小説「老婆とダッシュ」(読了5分)

短編小説「老婆とダッシュ」(読了5分)

 朝、駅に向かって歩く僕を、老婆が追い越していった。

 いや、老婆とは失礼か。齢七十を前にした女性だった。

 くすんだ色ばかり使っているくせに、柄と色合わせのせいで妙に派手に見える服を着ている。この年齢の女性だけに許された、ヴァネコイズムを最大限に発現した様なその服と、きつい香水の匂いが印象に残る。

 だけどそんな事はどうだって良くて、僕は会社に行くために駅に向かっているだけだ。それ以外は他

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短編小説「灯りに向けて進め」(読了時間2分)冬ピリカグランプリ応募作

短編小説「灯りに向けて進め」(読了時間2分)冬ピリカグランプリ応募作

 アグラ岬灯台の発光人間は、恋をしていた。

 人間は誰しも微量に光っているが、どの町にも1人や2人、圧倒的な光を放つ発光人間がいた。太陽に弱い発光人間は、夜に働く灯台守になる。その身体から放つ光が船乗りたちの道標になる。

「よう、今日も助かったぜ」

 船乗りが灯台に訪れることもあった。手には酒を持っている。

「また迷いそうになったんですか? 天候が悪いのに漁に出るから」
「子供を食わさなき

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短編小説「老人弾」(読了時間4分)

短編小説「老人弾」(読了時間4分)

 部屋の引き出しの中に老人が座っている。突然そんな妄想に取り付かれた。

 もちろん、そんなものは妄想だ。当たり前だろう? 普通の毎日を送る普通の大学生である僕の部屋の引き出しに、なぜ老人が座っているというのだ。なぜ、体育座りで座っているのだ。普通なら、あぐらでもかいているところだろうに、なぜ体育座りで座っているのだ。
 そんな疑問はやはり妄想で、考える必要も無い。僕が考えるべきなのは明日提出しな

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短編小説「1000年目の笑顔」(読了時間8分)「才の祭」参加作品

短編小説「1000年目の笑顔」(読了時間8分)「才の祭」参加作品

 その年のクリスマス、サンタクロースからプレゼントをもらった子供はいなかった。世界中で、たったの一人も。それは1000年以上にもなるサンタクロースの歴史の中で初めてのことだった。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

「テレビの取材…ですか?」
「あぁ」

 妻の問いかけに、サンタクロースは介護ベッドに横たわったまま応えた。
 その体に昔のような恰幅の良さはなく、細い体に無数の皺が刻まれ

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短編小説「月を斬る」(読了時間20分)

短編小説「月を斬る」(読了時間20分)

 剣の墓場と呼ばれる場所があるのは知っていたが、そこに墓場守が居るとは知らなかった。知ったのは、実際に彼に会った時だ。やたらと早く蝉が泣き止んだ夏の終わりだった。

「剣の墓場守なんてのが居たのか、とでも思っているのか?」

 彼はからからと笑った。笑うと顔に刻まれた皺が余計に深い陰を作った。それは積み重ねられた、暗く長い時間を感じさせた。
 その後ろには、まさしく剣の墓場があった。山のようにうず

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短編小説「満月の夜、自転車で飛ぶ」(読了時間6分)

短編小説「満月の夜、自転車で飛ぶ」(読了時間6分)

「明日晴れたら、ぼくら飛べるんちゃうかな」

 自転車の後ろに座ってる弟が言った。
 吐く息が白い。夜の月は綺麗だった。昔の映画を思い出した。

「ETみたいに?」
「うん」
「せやなぁ」

 自転車は飛ばない。知っている。僕も弟も10年以上生きてる。
 でも、その夜の月は綺麗で、本当に綺麗で、だから飛べるかも知れないと思った。

 漕ぐペダルに力をこめる。

「おっ、ほっ、おっ、おっ」

 体の

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短編小説「天王寺ノスタルジア」(読了時間6分)

短編小説「天王寺ノスタルジア」(読了時間6分)

 縁日の夜店が境内を照らし出している。そんな連なる夜店の端の端、金魚すくいのすぐ隣に、神様救いの店はあった。

 一回百円で救い放題。金魚すくいが一回三百円だから、随分と安い。

「おっちゃん、一回やりたい」

 僕が声をかけると、麦わら帽子を被った店番のおっちゃんは、皺の奥で小さく笑った。

「坊主、ようこんなけったいな店に足止めおんのぉ。ほれ、向こうやったらハブ対マングースやっとるやろが」

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短編小説「25時のヒーロー」(読了時間12分)

短編小説「25時のヒーロー」(読了時間12分)

 一日が二25時間あると気付いたのは、小学3年の大晦日だ。

 それまでにも新年を起きたまま迎えようと挑戦した事はあったが、実際に成功したのは、その時が初めてだった。
 減って行くカウントダウン。3、2、1。
 で、時が止まった。

「新年明けましておめでとうございますっ」

 ついに起きたまま新年を迎えられた! って事で、興奮気味にそう言った僕に、返事は無かった。お父さんもお母さんもお姉ちゃん

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短編「使用禁止の世界」(読了時間15分)

短編「使用禁止の世界」(読了時間15分)

「使用禁止」と張り紙されたトイレの個室を見て、ふと思った。あそこの中には、ずいぶん長い事誰も入っていないのだろうな、と。

 駅の裏の、忘れられたような場所に昔からある公衆トイレだった。繁華街とは逆方向で、人通りは少ない。窓が無い上に電球が切れたままで、中は昼でも薄暗い。汚物を混ぜ込んだコンクリートの壁は、表現し難い色にくすんでいる。壁の一部が窪んでいて、そこに仕切りが付いているだけの、古い小便器

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短篇「桃色笑顔」(読了時間20分)

短篇「桃色笑顔」(読了時間20分)

「ピンクマンのスーツ、触りに行って見ようぜ」
 人がまばらになった放課後の教室で、クラスの男の子がそう言ってマナ達を見回した。周りの女の子達は、お祭りにでも誘われたみたいな、少し興奮気味な笑顔ではしゃぎ始めた。
「どうする?」
「先生に怒られちゃうよー」
「でも楽しそうだよね!」
 それは確かに楽しそうな冒険だった。ばれたら先生に怒られる。でも、その事が冒険を魅力的にする。やってはいけないと言われ

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短編小説「SSSSNS」(読了時間5分)

短編小説「SSSSNS」(読了時間5分)


「まじ、めっちゃ引く」
 私のストレートな感想に、美沙は神妙に頷く。
「分かってる、自分でもドン引きよ。でも喋れって言うからさ! あぁ、やめとけば良かった!」
 大学のカフェテリア、1限が終わったところ。私と拓人と3人でコーヒーを飲みながら喋っていた美沙は、大袈裟に頭を抱えてみせた。
「いや、ウチら女子大生らしくポップな会話してたわけやん? 最近どうよ?的な」
 私は改めて会話を続ける。
「ま

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短編「伝説の勇者(株)」(読了時間15分)

短編「伝説の勇者(株)」(読了時間15分)

◆ 第一章 ◆

「・・・そんなわけで、今期は魔術師の迷宮を1年以上攻略できないという業績に終わり、苦しい一年になりました。皆さんのボーナスについても、今期の業績から、厳しいものとなりましたがご理解ください」
 社長の訓示が終わり、勇者たちは、おのおのの部署に戻っていく。
「やっぱ魔術師の迷宮、時間かかり過ぎだもんなぁ」
「でもこの額は無いだろー」
「ボーナスが出るだけマシと思うしかないな」
 そ

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