「ハワイが『楽園』じゃない」ってどういうこと?~映画『ファミリー・ツリー』が描く、ハワイのリアル~
「ハワイは楽園ではない」
映画『ファミリー・ツリー』は、ハワイ・オアフ島に暮らしている中年の男性弁護士、マット・キング(ジョージ・クルーニーが演じている)のこんなモノローグで始まります。
続けて彼は言います。
「アメリカ本土の友人たちは皆、ハワイでの生活をうらやましがる。でも、私自身はもう15年もサーフィンをしていない」
僕らの頭にまず浮かぶハワイのイメージといえば、「太陽にきらめく海と風にそよぐヤシが美しい、癒しのビーチリゾート」「のんびりと人生を謳歌する笑顔の人々」といった感じでしょう。
だからこそ、この冒頭のセリフはショッキングに響き、これから展開される波乱の物語を予感させます。
さて、今回のnoteの募集テーマは「おすすめ名作映画」です。名作と呼ばれる映画には、誰からも惜しみなく愛を注がれる作品と、個人に偏愛される作品の2種類があると思いますが、『ファミリー・ツリー』は後者かもしれません。
誰もが好きになれる作品ではないかもしれませんが、僕にとっては、これまで何度も繰り返し見てきた個人的名作のひとつ。
それだけを理由に、映画『ファミリー・ツリー』の魅力について今日は書いてみようと思います。
『ファミリー・ツリー』で描かれる、曇り空で湿気たっぷりのハワイ
カラリと晴れて温暖な「常夏」のイメージが強いハワイですが、実は「夏(乾季)」と「冬(雨季)」があります。
夏は4月~9月くらいまで。冬は10月~翌3月くらいまで。夏の時期は晴れた日が多く平均気温も高いですが、冬は雨が増えて朝晩は気温が下がります。
とはいえ、冬でも一日中雨が降り続くことはあまりないですし、日本の冬のように寒いというよりは肌寒いという程度です。
また同じ島でも、場所によって晴れが多い地域と雨が多い地域があります。たとえばこの映画の主な舞台であるオアフ島だと、山沿いには雨が比較的よく降りますが、リゾートホテルが数多く立ち並ぶ南部の天候は穏やかです。
映画の中の季節が冬かどうかや、ジョージ・クルーニー演じる弁護士の自宅がオアフ島のどこかにあるのかは、映画を見ていてもよくわかりません。でも映画の中の空はとかく曇りがちで、雨も多いのでしょう。濡れたアスファルトの道路が目につきます。
そんな、常夏のイメージに反する風景は映画のストーリーともしっかりリンクしていて、ハワイを舞台にした他のどの映像作品とも違う、本作ならではの面白みのひとつになっています。
ハワイの人々の暮らしが私たちの日常生活と変わらないということ
映画冒頭のもうひとつの印象的なセリフ。
「私自身はもう15年もサーフィンをしていない」
主人公の弁護士、マット・キングのその言葉は、彼の暮らしぶりをシンプルかつ象徴的に表しています。
『The Descendants(子孫たち)』が映画の原題ですが、マット・キングはかつてハワイ全土を統治していたカメハメハ王朝の一族の子孫で、先祖から受け継いだ莫大な遺産を持つ資産家です。
でも、マットは言います。
「父親からの教えを守って、私は贅沢を慎んできた」
仕事は弁護士ですし、閑静な住宅街にあるプール付きの立派な屋敷に妻、そしてふたりの娘と彼は暮らしています。その生活のレベルは明らかに平均以上でしょう。
それでも平日のランチには、事務所のデスクで自宅から持参したタッパー入りの弁当を食べる倹約家で、帰宅後も持ち帰った仕事に夜遅くまで取り組む、かなり多忙なワーカーホリックでもあります。
サーフィンはおろか、遊びや趣味というものがマットの生活の一体どこにあるのでしょうか。そんな風ですから、せっかくの自宅のプールにはたくさんの枯れ葉が水面に浮いているという状態になりますし、庭の草木の手入れも滞り気味の様子です。
しかも小学生と高校生のふたり娘は反抗期で、妻とは夫婦喧嘩中。さらに(ネタばれになるので詳しくは書きませんが)、ハワイ王家の子孫であるがゆえの大問題と彼の人生を揺るがすような大問題も同時にかかえこんでおり、日々頭を悩ませています。
そんな彼の顔には当然笑顔がありません。そして、誰もがうらやむような華やかな"ハワイライフ"はそこに影も形もありません。
たまたま住んでいる場所が世界的なビーチリゾートでもあるというだけで、マットの基本的なライフスタイルは僕たち日本人と大きく変わらないようです。
「オアフ島に暮らす地元ハワイの人たちは、全てが観光地価格で物価の高いワイキキエリアでは食事や買い物をめったにしない」とよく言われますが、マットに限らずハワイで生活している大半の人々の暮らしもまた(レベルの差は多少あるにせよ)日本人とさほど違いがなく、仕事やプライベートで抱えている問題も似たり寄ったりなのではないでしょうか。
そんな新鮮な発見があるのも、この作品の面白いところ。遠い南の島で生活をしているはずの登場人物たちへの親近感も湧いて、ストーリーの中へと自然に引き込まれます。
「本当に大切なもの、大事にしたいものは何か」という問い
この記事を書く数日前の日曜の夜に、しばらくぶりで本作を見直しました。
ガイドブックや旅番組などに登場するような、どこかファンタジックな観光地(決して悪口ではありません)として以上のハワイのリアルな風景と、そこで巻き起こる真実味あふれる人間ドラマを、いつも通り、存分に楽しみました。
ただ一点、今回は、間にパンデミックを挟んでいるため、前回見た時と比べると僕のメンタリティーが明らかに違っています。
コロナ以降、社会情勢や僕自身の仕事の仕方、家庭やプライベートでの過ごし方は大きく変わりました。その結果、最近の僕は、これまでの人生を振り返ると同時に、これからの自分にとって本当に有益なもの、そして不要なものは何かについて、以前よりも深く考えるようになっています。
無駄をなるべくそぎ落とし、より充実した人生を送っていくためにはどうしたらよいのか、そして家族のために僕はどうあるべきなのか、何をすべきなのかを日々考え続けています。
大小の様々な悩みや不安で頭を一杯にしながらも、ともかく毎日生きていかなければいけない。
現在の自分が置かれているそんな状況を、本作の主人公、マット・キングが陥った境遇に重ね合わせながらの鑑賞となりました。
* * *
映画のラストシーンで、主人公のマットがしたこと。
そこには、人生のターニングポイントとなる大きな出来事を経て彼が本当に大切だと気がついたものが何だったのか、そして今後、大事に守っていこうと新たに決意したものは何かが、とても静かな落ち着いた調子で描かれています。
それに対して僕は強い共感と深い同意の気持ちをしみじみ抱きましたが、その実行には僕自身の相当の努力と変化が必要だと感じていることも、最後に記しておきたいと思います。
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