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創作文芸

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#創作

いつかすべての

いつかすべての

いつかすべての夜が 少しずつひかりを迎えるように
いつかすべての声が 波打ち際でまどろむ砂のように
穏やかな重さを帯びて あなたのもとへ届きますように

いつかすべての朝が やがて閉じる日々に泣く鳥のように
いつかすべての思いが 読みかけたまま目をそらした本のように
暮れていく今日を終えて 明日のあなたをつくりますように

いつかすべてのあなたが ひとつずつしあわせに触れるように
いつかすべての歌

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0.02

0.02

「ねえ、もう気にしなくていいよ」

習慣のようにコンドームに手を伸ばす彼の手首をつかんだ。

「どうせ、あと一日なんだし」
「……そうだけど」

そのニュースが世界を騒がせたのは、いまから一週間前のことだった。

たった、一週間。
一週間のうちに、すべての人は、生き物は、最期の日を迎える覚悟を決めなくてはならなかった。

告知があった当日こそ大変な騒ぎになったが、三日も経つころにはすっかり騒ぎは沈

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焦燥のその先に

焦燥のその先に

ときどき、おそろしいほどの焦燥を感じることがある。
焦燥という言葉は、よくできていると思う。焦り。燥の字は、落ち着かないさまを表す漢字だ。こころがチリチリと焦げていく。

はげしい焦燥を感じたとき、とっさに「なにかをしなくては」と思う。
けれど、「なにか」がわからなくて、こころはますます焦りを増す。焦げていく。

そもそも感じる焦燥の多くは、焦って動いたところで解決しがたいものばかりであったりする

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きっともう、夏は近い。

きっともう、夏は近い。

背に受ける陽射しに背中がぽかぽかと温まりはじめるころ、わたしは決まって日傘をひっぱり出すことにしている。
褪せた桃色の布に、小さなレースがあしらわれた安物の日傘。
特に気に入っているわけでもないが、何年か前にふらりと入った雑貨店で手に取ってから、幾度かの夏を共に過ごしている。

雨傘よりも軽い〝バッ〟という小気味よい音を立てて、日傘をひらく。それから手元を両手で握って、ゆるゆると歩む。なぜだかここ

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できれば咲き誇る花のせいにして

できれば咲き誇る花のせいにして

春は、惑いやすい。

ここのところ、望みのない恋をしている。
「望みのない」は、「叶わない」では、なくって。
「特にこれといって望むことのない」が、正解で。
でもきっと「叶わない」も「敵わない」も、正解で。

望みない、望まない、望めない。

いつかきっと、強く惹かれてしまうから、桜の花びらの落ちる速度ではらはらと視線を落として、男の人にしては丸っこい肩をなぞるようにして目をそらす。
そうして散ら

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4歳児のための童話「すう、すう、すう」

4歳児のための童話「すう、すう、すう」

「ゆめある」お話投稿コンテンストに応募しました。
「第1回おやすみ前のお話投稿コンテスト」だそうです。
発表済みのものでもOKとのことなので、こちらにも。

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タイトル『すう、すう、すう』

「すう、すう、すう」

おや? どこからか、だれかのこえがきこえます。
ほら、みみをすませてみてごらん。

「すう、すう、すう」

どこかな、どこかな。
きみのまくらのうらかな。

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さよならハイライト

さよならハイライト

この恋は、きっと爛れる。

あいしてやまなかった煙草をやめて今日で5年と8日が経った。
あれから何度か吸ってみたけれど、いよいよ煙草が苦手だとうそぶけるほどに手放すことができた気がする。
ラムのような甘い香りのする煙と、体に負担をかける17mgのタールを吸っては吐いて。
体のなかが煤けてしまうんじゃないかってほど吸っていたのに、やめるときは意外とあっさり決別できちゃうもので。

いまどれだけすきで

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