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第5話 おとなは怒ったらいけないの?

ぼくちゃんが僕を抱きしめてくれたあの日から
いつしか僕はぼくちゃんに最近の出来事を話すようになった

「あのね、僕この前カフェに行ったんだけど
 店員さんがね、僕の注文を取り違えてしまってね
 でも、その店員さんは謝らなかったんだ
 なんか僕の方が悪いみたいな、そんな目だったの」
「ふぅん、それで君はその店員さんに文句を言ったの?」

ぼくちゃんは当然かのごとくそう言った
僕は首を左右に振った

「いいや、そんなこと言えなかったよ
 でもとても悲しかったんだ
 僕は間違ってないのにって」
「そうだね、君は言えないね」
「え?」

僕が聞き返すとぼくちゃんは小さな木の枝で
土をザクザク掘り返しながら言う

「君は嫌なことを嫌だって言えないのさ」
「……うん、そうかもしれない」
「嫌なことを嫌だって言っちゃいけないって
 誰に教わったの?」
「誰に……」

そういえばそうかもしれない
僕はいつの間にか嫌だと言うことはいけないと思っていた
でもそれって 誰に教わったことだったのだろう
俄かには思い出せなかった

僕が首を傾げて考えていると
ぼくちゃんは痺れを切らしたように言った

「君はね、お母さんを見てそう思ったのさ」
「え、僕のお母さん?」
「そう、君はいい子にしなくちゃいけなかったんだよ。
 お母さんが君の前でかんたんに怒ったり泣いたりするのが、
 小さいころは、君が自分のせいだって勘違いしてたから」

ぼくちゃんは何故か怒っていた
僕はぼくちゃんの言葉に舌を巻いた

確かにそうかもしれない
僕のお母さんは感情的な人で機嫌がいつも不安定だった
前にぼくちゃんが言ってくれたように
僕はきっと早くおとなにならなきゃいけないって思ったんだと思う

お母さんが機嫌が悪いのは自分がいい子じゃないから
多分そう思ってたと思う
僕が記憶を思い返しているとぼくちゃんは言った

「いい子になることが、おとななの?」
「え?」
「いい子だったら、嫌なことも嫌だって言っちゃいけないの?」
「それは……」
「君は何で怒らないの、
 おとなはみんな怒らないって誰が決めたの?」

ぼくちゃんは感情を露わにして木の枝を地面に叩きつけた
その時にわかった ぼくちゃんは僕の代わりに怒ってくれてるのだと
僕は思わず抱きしめた 眉を顰めて唇をへの字に歪めているぼくちゃんを

「そうだね、きっと僕はもっと怒っていいんだよね
 おとなになることが怒らないことってよく言うけど
 でも、怒っちゃいけないっていうことはないんだと思う」
「じゃあ、どうしておとなはケンカしないの?」

ぼくちゃんは珍しくこどもらしく感情的になっていた
不満がある様子でわたわたと体をじたばたさせる
僕はぼくちゃんの頭を撫でながら答える

「ケンカはよくないって教わるのが、おとななんだと思う。
 怒ってもいいけど、それは人を傷つけていいってことにはならないから。
 怒るって多分、自分の中で悪いことを判断するためにあって、
 まず人を傷つけることはしないということが大切で。
 でも、もし怒って人を傷つけたらごめんなさい、
 それをちゃんと言えるのがおとななんだと思う」

僕の言葉にぼくちゃんは拗ねたように俯いた
多分 ぼくちゃんにとっては満足のいく答えじゃないのかもしれない
そうだよね だって”怒っても人を傷つけない”なんて
綺麗事でしかないのだから 言葉って難しい

「ぼくは、その店員さんを許さない」
「うん、そうかもしれないね……。
 でも、その店員さんだって忙しくて余裕がなかったのかもしれない。
 そうやって店員さんの様子を想像してあげないとね?」
「想像してどうするの、だって間違いは間違いじゃないか!」

ぼくちゃんはドン、と僕の胸に拳を叩きつけた
でもすぐにぼくちゃんはハッとした表情で僕の顔色を伺う
そう 思いのままに人を叩いてはいけない
僕はぼくちゃんの不安そうな顔を覗きこむ

「ねえ、ぼくちゃん。
 全部にダメダメってばってんをつけてしまったら、
 だれも許せなくなっちゃうよ。
 確かに謝らなかったのは正しいことではなかったと思う。
 でも、人はいつだって間違うんだよ」

僕が言いながら ぼくちゃんに叩かれた場所をさすると
ぼくちゃんは泣きそうな顔で僕に抱きついた

「ごめんなさい……」
「うん、大丈夫だよ」
「ねえ、おねがい。きらいにならないで……?」

ぼくちゃんの頼りない声に 僕はぎゅっと腕に力を入れた
初めてぼくちゃんの本音に触れた気がした
ぼくちゃんは僕の胸の中で おとなのように静かにすすり泣いていた

ぼくちゃんは強がりだけど 本当はこうやって繊細なおとこのこなんだ
きっと君はおとなのような顔や言葉を使いながら
強く生きようとしてきたんだね
僕は小さなぬくもりに頬を寄せながら その愛しいぼくちゃんに答える

「大丈夫、とっても大好きだよ……」



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