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「でんでらりゅうば」 第23話

 りんは、上気した顔をして澄竜すみたつを見た。呼吸するごとに、しゃくり上げるように、その喉が震えているのがわかる。
「凜っ! お前、何しよっと!」
 澄竜も度を失った声を出して叫んだ。その顔は、離れたところにいる安莉にもわかるほど青ざめている。
「……」
「う、うう……」
 と唸って、公竜は前のめりに倒れた。
 凜は震えながら、その場に立ち尽くしている。
 倒れた公竜の背中には、短刀が突き刺さっていた。
「凜―ッ! お前、何をしたかわかっとうど!?」
 澄竜が再び、度を失った声で叫ぶ。ぶんぶんと、凜は頭を左右に振っている。
「竜を殺したら、どげん恐ろしい祟りがあるか、知っとうと、お前!」
 見れば、澄竜の顔は冷や汗で光っていた。凜はなお首を振り続ける。
「……竜やなか」
 ようやく小さな声で呟いた。
「竜やなか、こげな化けもん。澄にいはこげん美しかとに、なしてこげな化けもんが兄さんか。うちはいっちょん信じとらんとよ。きみにいニセ竜、、、たい。澄兄が本当の竜たい!」
 最後のほうは、叫び声に変わっていた。澄竜は凜のほうに歩み寄った。
「凜、お前……」
 澄竜の胸にぴたりと頬をつけて凜は言った。
「澄兄こそが星名を継ぐ者たい。真の竜たい。うちはずっと信じとった。わかっど? うちはな、ずっと澄兄のことを……」
「いけん」
 澄竜は凜の肩をつかんで引き離した。
「お前は巫女になる身たい」
 凜はハッと息を飲んだ。
「お前の気持ちは嬉しかけん、でも知っとうど? 巫女になる者は、男に触れたらいけんたい。凜は清い身を貫き通さんばならんとよ」
「嘘っ!」
 半狂乱になって、凜は叫んだ。
「お前は子どもやけんまだ知らんやったっちゃね」
 澄竜が聞くと、
「知らんよ、そんなこと。そんなん知らん。何で? うちは巫女になんかならんよ。うちは小さいときから澄兄の奥さんになるて決めとったとに……」
 瞬間、澄竜はクスッとうぬ惚れた笑みを浮かべて言った。
「村中の女は皆そう思うとったいね。でも凜、お前は駄目なんよ。お前だけは、シャーマンの血をめっぽう引いとるけな。おぬい婆んご神託がわかるんはお前だけやろ。その内、お縫婆みたいになってくっとぞ」
「そんな……嫌や。そんなこと、今聞かされたって、聞かれんったい!」
 凜はキッと安莉を睨んだ。そして、憤怒に耐えぬといった顔で澄竜と安莉を交互に見ると、突然安莉に飛びかかってきた。
「こんな人! 来んければよかったとよ! こん人が来たばっかりにこんなことになったったい!」
 叫びながら安莉の首を絞めた。殺そうという勢いだった。安莉は息を詰まらせ、凜の手を必死にほどこうとした。
 そのとき、澄竜が凜の首根っこをつかんで、ものすごい力で引き剥がした。
「安莉に手え出すなっ!」
 そう叫ぶと、バシッ! と、思い切り凜の頬を引っぱたいた。
 凜は床の上にどっと倒れた。その目は驚きに満ちて、呆然と澄竜を見つめている。
「いいか。この女は村にとって大事な獲物、、たい。安莉に手え出したら、いくらお前でも容赦せんぞ」
 澄竜は冷酷な声でそう言った。
 恋していた相手に殴られたショックと屈辱に傷ついた凜は、絶望的な叫び声を上げながら、駆け出していった。転がるように階段を下り、クローゼットが開き、穴のなかへ駈け込んでいく音が聞こえた。
 後には澄竜と安莉、そして倒れている公竜が残された。首を抑えて荒い息をしている安莉に、澄竜が手を差し伸べた。だが安莉はそれに構わず、倒れている公竜のほうへ身をかがめていった。
「ねえ、……早く助けなきゃ。公竜さん、公竜さん」
 安莉が助け起こそうとすると、ぐう、と、公竜が声を上げた。
「しっかりして……」
 そう声をかけたが、虫の息である。
 先ほどの大乱闘のときに負った怪我と背中に受けた傷のせいで、今や公竜の全身は血まみれだった。真っ白な髪の毛の半分が血で染まり、その出所である鼻から下は更に真紅の血で染まっている。言わずもがなその両目は真っ赤であったので、背中からも流れている血のせいで、公竜の体全体が血の海に浮いているように見えた。
「このままだと死んじゃう。ねえ、高麗先生を呼んで」
 不通になったままの携帯電話を、繋がらないとわかっていながら必死で叩き、涙声で安莉は言った。
 澄竜はさっきから、黙ったまま立ち尽くしている。安莉の懇願も、耳に入らないようだった。
「澄竜さん……?」
 安莉は澄竜を見上げた。そのとき安莉は、澄竜の目に恐ろしいものがひらめくのを見た。
「……」
 黙ったまま、澄竜は、倒れている瀕死の兄の上にしゃがみ込んだ。
「ニセ竜」
 小さな声で、そう呟いた。
「そうかもたいね。……凜はお縫婆の血筋たい。シャーマンの血筋やけん。あいつは直感でわかっとったっかもしれん」
「何を……言ってるの、澄竜さん?」
 安莉は震えながら言った。これから起こることへの予感に、背筋に氷柱が立つような気がした。
「やめてっ! 澄竜さん、やめて!」
 止めようとする安莉の腕を、澄竜は力で振り払った。澄竜は、血まみれの兄の背中から短刀を引き抜き、苦痛にうめく兄の体を裏返して、その心臓の上に、ブスリと突き刺した。
 ウアッ! と断末魔の声を上げる兄の顔をじっと見下ろして、その体が細かく振動し、絶命するのを見届けてから、やおら澄竜は立ち上がった。そして安莉のほうに近づいてくると、
「ニセ竜は死んだ。俺が本当の竜やったたい」
と言った。そして、嗚咽おえつする安莉の髪を触りながら、陶然として、
「うん。お前の子なら、可愛いかろ」
 と言った。

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