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【怪談】 山に消えた友人

これは、知り合いの女性から聞いた話です

彼女は登山が趣味で、仕事が休みの時にはいつも仲間と一緒に山に登っていました


彼女達のグループの登山は少し変わっていて、多くの登山愛好家が登るような有名な山ではなく、あまり知られていない、登山道はあるものの人の手が入っていないような山を選んで登る
のでした

メンバーは全国から集まり、現地集合現地解散を常としていたので、そのときどきによって人数は変わるのですが、だいたいいつも男女合わせて5,6人のグループになることが多かったそうです

その中でひとり、よく一緒になる女性がいました

その人とは住んでいるところも近く、年齢も同じくらいだったこともあって、何度も一緒に登山する内に親友のような仲になっていたそうです

あるとき、彼女はいつものように、仲間達と
とある県にある山に登りに行きました

もちろん、親友の女性も参加していました


その山は普段登っている山とは違い、いつもより標高も高くハイレベルな技術を要する山でした
今回はチャレンジという意気込みで、下調べや準備をしてきていたので、メンバーは皆気合いを入れて慎重に登山に取り組んでいたそうです

その甲斐あって、全員が無事頂上まで辿り着くことが出来、みんなで歓声を上げて喜び合ったそうです

初めて難易度の高い山を征服して、彼女も大きな達成感を感じたと言います


ところが、下山の途中、悲劇が起こってしまいました


彼女の親友である女性が、下山ルートを誤ったのか

行方不明になってしまったのです


彼女達メンバーは下山するとすぐ、事故届けを出して女性の捜索を依頼したそうです

警察や自衛隊が出動して、その後数週間かけて彼女の行方を捜しました


ところが、山じゅうをくまなく探したにもかかわらず

彼女は見つかりませんでした

滑落して怪我をし、どこかで動けないでいるのか、

それとも……

最悪の事態をも覚悟しましたが、

万が一そうだとしても、遺体も見つからないのでした

そして、とうとう何の手がかりも得られないまま、捜索は終了したそうです


ペアを組んでいた彼女は、ひどく責任を感じました

行方不明になってしまった女性は、彼女のすぐ後ろを歩いていたそうです


ずっとお喋りしながら下山していたのに、ある瞬間何か静かになったな…と思って振り向くと、

もう友人の姿は無かったのだそうです


「あのとき私が後ろを歩いていれば……って、悔やんだりもしたんだけど」

彼女は口ごもるような言い方で言いました

それは、何か気になるもの言いでした

「何かあるの?」

思わず聞いた私に、彼女はこんな話を聞かせてくれました


友人が行方不明になってから1年後、彼女は同じ山にひとりで登ったそうです

あれからずっと友人のことが頭から離れず、あのとき自分がこうしていれば、ああしていたらと後悔の念に苛まれていました

その山に登ったからといってどうなるものでもないとわかっていながら、

もう一度同じ場所に立って友人に想いを馳せてみたかったのかもしれない

と彼女は言いました


ひとりで黙々と頂上まで登り、少し休んでから下山を始めました

そして、友人がいなくなったその場所にさしかかったときです


ガサガサ、ガサガサ、と、藪の中を何かが動く音がしました


えっ……

驚いてその方向を見ると、その〝何か〟は山の斜面を下り、その先の山奥に続く鬱蒼と木が生い茂った暗がりの方に進んでいきました

藪が途切れてその〝姿〟が現れたとき、彼女は自分の目を疑いました


それは、昔風の綿入れの着物を着た若い女でした

ぼうぼうと伸びた長い髪をひっつめにし、着物から出ている手や足や顔までも、どこを見ても大小の傷だらけで、何とも異様な外見をしていました

ですがその女は、見れば見るほどあの1年前行方不明になった友人にそっくりだったのです


思わず彼女は友人の名前を呼びました

するとその女はびくっとして振り返り、目を大きく開けてこちらを凝視してきました

やはりそれは、紛れもない友人でした

かなり痩せて顔もげっそりして見えましたが、間違いなく見覚えのある、懐かしい友人がそこに立っていました

「生きてたんだ! 良かったー!」

思わずそう叫んだ後、彼女はふと我に返りました

「でも何で……そんな格好をしてるの? 山奥の方に向かってたけど、どこに行こうとしていたの?」

彼女の問いかけに、友人は呆然と立ち尽くしていましたが、気を取り直したように体を真っ直ぐ伸ばして、こう答えました

「住んでるの、向こうに」

そして、木々の生い茂る暗闇に向かって指をさしました

「住んでるって……どこに!? 山の中じゃない」

問いかけに友人はまた答えました

「村があるの」

村、と口にした途端、友人の顔は青ざめ、恐怖に引きつったように全身はガクガクと震え始めました


なかなか要領を得ない友人の話を根気よく聞いた彼女は、友人が1年前からこの山の奥にある村で暮らしているということを知りました

友人が言うには、

下山していた途中、突然ふっと目の前が暗くなったそうです

そして気づいたら、木の板で出来た小屋のようなところに寝ていたといいます

山の奥には村があり、それからその村での生活が始まりました

村人は何人いるのか正確にはわからず、日によって数十人いるような気がすることもあれば、5,6人しかいないようなときもあるそうです

毎日違う人間が彼女の小屋を訪れ、仕事を言いつけたあと、

一日中監視されるのだそうでうす


友人は、その〝村〟の人達のために、料理や掃除をしたり、繕いものをしたり、強制的に働かされており、今日も薪拾いに行くよう命じられて出てきたのだということでした


「働くって……? どうしてあなたが村の為に働かなきゃいけないの?

生きてて良かった……ここでまた会えるなんて思ってもみなかったから、本当に嬉しいんだよ……ねえ、私と帰ろう」

あまりにもみすぼらしい友人の様子を見ていると、泣きそうな気持ちになって、彼女は懇願するように言いました


「だめ」


うなだれて、友人は言いました


「帰れない」


その目は、先ほどより明らかに増して、恐怖に怯えていました

「何で!?」

彼女がそう叫んだ時、山の奥深くからカーン、という音が聞こえました

それを聞くと、友人はビクッと体を震わせて、突然弾かれたように地面に這いつくばりました

そしてガクガク震えながら、かき集められるだけの小枝をかき集め始めました

その仕草は獣じみているというか、もはや人間の動きではないように思えて、彼女は身震いしたといいます

その内にもまた山奥から、カーンという音が聞こえました

木槌で鐘を叩くような、明らかに人為的な音でした

「あれが15回鳴るまでに戻らないと……はっ、早く、戻らないと」

友人は、我を失ったように慌て始めました

そして彼女が見ているのも構わずに、驚くほどあさましい仕草で四肢をばたつかせて大急ぎで木の枝を集め、それを手持ちの袋から出した紐でくくりました

そうして山の奥へ数歩足を踏み入れると、今度は木の陰にしゃがみ込み、何かを拾いあげました

何だろう……? 薄暗い木の陰になってわかりませんでしたが、彼女も一、二歩前へ進み出て、ようやくそれが何か見ることが出来ました

それは農作業中などに子供を寝かせておく〝ちぐら〟と呼ばれる籠で、

友人が拾い上げたそのちぐらの中には、生まれたての小さな赤ん坊が入っていたのでした


カーーーン……


またひとつ、鐘の音が鳴りました


すると友人は血相を変えて、その音のする方向に走り出しました

もうかつての親友がそばに立っていることも念頭に無いようでした

山奥に向かって駆けていく友人が肩に担いだちぐらの中に、赤ん坊の小さな顔が見えました

赤ん坊はじっとこちらを見ていました

小さな顔に二つついたその目には

なぜか瞳が無く、


ただ 血のように 真っ赤だったそうです



話し終えたとき、彼女は何とも言えない表情をしていました

最後に見た友人の様子をまざまざと思い出しているかのように、

どこかあらぬところを見るような目つきになっていました


警察と自衛隊までもが出動して、山狩りのようなことまで行ったのに

遺体すら見つからなかった彼女が山奥の村にいて

そんな様子になるような生活を強いられて そんな奇妙な赤ん坊まで…

しかも 彼女を偲んで登山をしたその日に出会うなんて……



確かに 山というものは 登山道を外れれば 全く未知の領域です

深山のさらに奥深くには、私達の知り得ない世界が存在していて

ふとしたときに エアポケットのようにその世界に落ちてしまうということがあるのかもしれない……

私はそんなことを考えていました


……やがて彼女は口を開き、こう言いました


「あの山の奥に、本当に村があったのか、あったとして

どんな村だったのかわからないけど……」


そしてその眼に恐怖の感情をはっきりと結びながら

こう言いました


「あのとき……下山してたとき、後ろを歩いていたのが私だったら……」



「ああなっていたの、私だったのかもしれないのよね」



以来、彼女は登山をふっつりやめてしまったそうです

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