6人参加の大企画!オススメ本紹介📚
1.読書家の視点
1-1 装丁が好きな作品 (1作品)
宣伝のようでちょっと気が引けるのですが、自著『スノードロップ ―雪の雫の日記―』の装丁が1番好きです。
一般的に文庫本といえば、PP(ポリプロピレン)加工が施されたつるつるとしたカバーがかけられていると思いますが、自著はスケッチブックのような紙そのものの手触りを感じていただけるよう加工を施さず、光沢感を消して重く悲しげな空気感をカバーでも表現した仕上がりとなっているのが好きなポイントです。
窓際のスノードロップの鉢植えとそこに置かれた日記、そして窓に映るヒロイン雪野雫の幸とも不幸とも捉えることができる絶妙な表情。担当編集さん、イラストレーターさんがこの作品の内容と私の希望を最大限に汲み取って手掛けてくださった装画も、コピーライターさんが提案してくださった「“幸せ”を追い求めた一輪の花の物語」という本作最大のテーマと想いを詰め込んだ帯のコピーも、装丁のすべてがお気に入りで生涯の宝物となる1冊になりました。
【幻冬舎より発売中】
『スノードロップー雪の零の日記一」
著:降谷さゆ 試し読み
アマゾン
楽天ブックス
装丁といえばこの作品を挙げないわけにはいかない。エイドリアン・トミネの『長距離漫画家の孤独』(長澤あかね訳、国書刊行会、2022年)である。漫画界のアカデミー賞と言われるアメリカの漫画賞アイズナー賞でBest Publication Design賞を受賞した。世界中で愛されるモレスキンのノートさながらの黒いハードカバーの表紙。ゴムバンド。ページを開くと、青い方眼罫の上に作者が隠れてこっそりしたためたかのような回想録が始まる。アメコミ好きのオタクとして浮いていた幼少期のエピソードから始まり、自意識過剰で早咲きの若者が著名な漫画家という評価を得るまでの長く険しい道のりが、思わず笑ってしまうような残念極まりないエピソードの連続で綴られる。
好きな装丁と聞かれて真っ先に思い浮かぶのは堀辰雄『風立ちぬ』(名著復刻全集 近代文学館)です。白地と茶色のマーブル柄。それは死を前提とした生の幸福というテーマに合致していて、静謐で濃密な時間の流れを想わせます。1ページめくるたびに命の儚さを感じずにはいられない、けれど春の風のようにさわやかな作品です。
装丁にイメージを向けると幼い頃に読んだゴテゴテの重い児童書を思い出すのですが、最近は逆にシンプルなものに心惹かれることが多いです。
「夢の扉」マルセルシュオッブ名作名訳集,国書刊行会
まず淡い青地の箱に丸を描くように銀の文字で“Marcel Schwob La Porte des rêves”スタイリッシュですごくカッコ良いですね。
さて、じゃあ中身はどうかなと箱から取り出すと真っ白。題などなくまっさらでつやつやの本が出てきて驚きますが、この箱と中身の情報の少なさから精錬なイメージの夢が想像されて、確かに「夢の扉」らしい装丁ではないでしょうか。
村上春樹『パン屋を襲う』新潮社(2013年)の装丁が一番のお気に入りです。
背表紙に施された金の箔押し印刷に目を奪われ本棚から手に取ると、金・緑・白の3色のみで見事に描かれた表紙・裏表紙、本帯が目から感受性を刺激して、本文・物語への興味を一層掻き立ててくれます。
さらにそこからハードカバーをめくると、表1表4のみならず、表2表3にも見事なアートデザインが描かれており、インクの香りと合わさり読書前のなんとも言えない落ち着きを与えてくれます。極め付けには、本文も作品のイラストを見事に活かす厚みのある(高級感漂う)光沢紙がふんだんに使用されており、読書前から読後まで、とろけるような至福な体験を味わうことができます。
作品も海外知名度の高い村上春樹の短編集のため、国内外の読書会の課題本設定にもオススメな作品です。
作品のあらすじ
空腹と、悪を働かせたいという欲望。
内面から湧き上がってくる、
パン屋を襲う衝動は、次第に膨れ上がり、仲間と共に行動に移すことになり…
ーパン屋の店長から求められた条件は、
予想だにしないものでー
音楽が耳に届くと
虚無がとけ、新たな人生が動き出す、
奇妙な作品です。
余談
お恥ずかしながら、普段「装丁が素敵な作品」を意識していなかったので、せっかくの機会に多岐ジャンルで蔵書数が多い有隣堂 藤沢店に立ち寄りました。「装丁が素敵な作品」にアンテナを立てながら有隣堂の店内を歩くと、外箱に丸い切り抜き加工を複数施された本や、ホログラム加工が施された本、定形外サイズの本など、眺めているだけで芸術を楽しめる素敵な体験をしました。
2-2 好きな海外作品 (1作品)
好きな海外作品はスティーヴン・キング先生の『ミスト 短編傑作選』です。
このなかに収録されている『霧』は彼の代表作でもあり、ホラー史上に残る傑作として映像化不可能といわれていたところ2008年にフランク・ダラボン監督によって『The Mist』(邦題:ミスト)として映画化もされています。
*****
【作品紹介】
のどかな田舎町を突如襲った正体不明の霧が街を包み、身動きが取れずスーパーマーケットに取り残された人々。霧の中には恐ろしい“何か"がいる。
生き残るためには、団結する他に術はない。しかし、霧の中に潜む恐ろしい生物と戦うと同時に狂言的なミセス・カーモディ率いる店内の人々とも対峙しなければならなかった。
*****
霧に潜む恐怖と人間の残酷さ、その両方が相まったとき、戦慄することしかできないのだと思い知らされました。
読者の想像に結末をゆだねる原作、明確に結末が提示される映画。どちらがよかったか私には選べませんでした。ぜひ原作を読んでから映画もご覧いただき、どちらの結末がよかったかみなさまの感想を伺いたいです。
海外漫画専門の漫画喫茶を経営しているのでもっぱら海外漫画を読んでいるが、海外漫画読みで本当に良かったと思える瞬間がある。超ド級の作品に出会えた時だ。最近ではElène Usdinの『René·e aux bois dormants(眠りの森のルネ)』(SARBACANE、2021年)がそんな作品だ。物語の主人公はカナダの先住民の少年ルネ。ある日、空き段ボールで遊んでいたら不思議な世界に迷い込む。はぐれてしまった友だちのぬいぐるみを探してルネは幻想的な先住民の神話と怪物の世界を彷徨う。色彩感覚は圧倒的で鮮烈で眩暈がする。カラフルな夢の世界はやがて竜巻に巻き込まれたかのように一変し、畳みかけるように現代までつながる先住民の迫害の現実へとつながっていく。名前も言葉も家族も奪われた先住民の子どもたちの表情は、人間たちに住処を奪われた闇に巣くう精霊たちの姿に重なる。こういう作品が日本で翻訳されることはおそらくないだろうが、漫画の世界は奥深く広大であると実感させてくれる。
好きな海外作品はマンディアルグの『大理石』です。こちらは最近読んだばかりなのですが、シュルレアリスム的世界観が好みすぎて海外文学で1番好きな作品になりました。澁澤龍彦の言葉を借りるなら「絵画的」な作品です。登場するイメージたちは詳細に観察され、シュルレアリスムの絵画の中に入り込んで探検するような面白さがあります。『プラトン的立体』の章が圧巻で、涙が出るほど魂が震えました。幻想文学が好きな方にはとくにおすすめな作品です。
ドストエフスキーの「罪と罰」です
ベタではありますけれども、何せ私が所謂近代文学に引き摺り込まれていったきっかけの作品ですので、やはり名前をあげておきたいと思いました。「現実主義」と呼ばれます通り、非常に高いリアリティがあります。「私もそう考えたかもしれない」と主人公の選択に妥当性を感じてしまうために、ここからどうやって作者は「私」を更生させてくれるのだろうか、とワクワクしながら読んだ作品でした。
私の好きな海外作品は、モロッコの作家モハメド・チョクリによる「الخبز الحافي」です。
この作品は簡単にまとめると
ーもし、ストリートチルドレンに文才があって、自分の生活を表現することができたら、ということが現実になった自伝小説ー
です。
あらすじ
一言
本作では、避けられぬ人生の予期せぬ出来事が、休む間なく次から次へ巡ってくるので、人間の"生"や欲求を強く味わうことができます。
また、所々の文化を感じられる描写も天下一品なので、文化理解の観点からも是非一度読まれることをオススメします。
2-3 好きな作家 (1人)
以前オススメ小説3作品を紹介する企画で、私が最も尊敬する作家さんとして司馬遼太郎先生について語らせていただきました。それ以外のあらゆる場でもいつも同じことばかりお話しているので司馬遼太郎先生は殿堂入りとし、別の作家さんを紹介したいと思います。
今回ご紹介する好きな作家さんは中村文則先生です。
2002年に『銃』で新潮新人賞を受賞してデビューして以来、2004年に『遮光』で野間文芸新人賞、2005年に『土の中の子供』で芥川賞、2010年に『掏摸』で大江健三郎賞、同作の英語版ではウォール・ストリート・ジャーナル紙で「Best Fiction of 2012」の10作品に選ばれ、2014年には日本人で初めて米文学賞David L. Goodis 賞を受賞するなど、世界で華々しく活躍されている方です。
社会や人間の闇など、過激で重く暗いテーマを扱い陰鬱な空気が漂う作風が特徴ですが、その中にもほんの一筋の希望や光が込められているのが魅力だと思っています。
ディストピア、ノワール、そんな暗黒の世界に浸りたいときにぜひ中村文則先生の作品をお手に取っていただきたいです。
香港のリトルサンダー(門小雷)が大好きだ。イラストレーターとしても活躍しているから、小説の表紙イラストだとか、アパレルの広告だとか、某コンビニ限定アイスクリームのパッケージとかで知っている方もいるかもしれない。だが彼女は漫画家だ。イラストも、生身の血と肉が感じられるエネルギッシュで等身大で飾り気のない女の子たちであふれているが漫画もそうだ。カラフルでパワーに満ち満ちていてだけど切なく心をえぐる。リトルサンダーの初期作品集『Kylooe』(野村麻里訳、リイド社、2024年)が2月に発売される。ファンタジックでノスタルジックでシンパティックな作品だ。私も付録小冊子に一筆書かせてもらっている。ぜひ読んでもらいたい。
私の偏愛する作家は江戸川乱歩です。私は大学生になってから読書にはまったのですが、そのきっかけとなったのが乱歩でした。夜の公園で『押絵と旅する男』を読んでいたら面白すぎてしばらく放心状態になり、帰るのが遅くなって親に叱られました。それからというもの、魔法にかけられたように乱歩の作品を読み漁りました。乱歩のおかげでとっつきにくい近代文学のイメージが覆され、読書の面白さを知りました。近代文学と幻想文学というジャンルに導いてくれた、今の私に不可欠な作家です。
泉鏡花がやっぱり好きです。泉鏡花部とかいう正式には存在しない部活の名義でTwitter動かす人間が鏡花好きじゃないわけがないじゃないかって話ではありますけどね。
何が特に好きかと言われたら音読した時のリズムですね。音読すると早口で読みたくなるところとゆったり読みたくなるところが出てくるんです。戯曲なんかだと特にわかりやすいですから、是非手にとっていただきたいですね。
好きな作家さんは、遠藤由実子さんです。
理由は、作風と作家像が魅力的だからです。
作風
文化勲章受章者で民俗学者の柳田國男は、著書「日本の民俗学」で民俗学について『片端から誇張も無く又批判もせずに、それ等の社会現象を採集し記録して置こうとすること、是が我々のいうフォクロア(民俗学)なるものであった』と綴ってますが、遠藤由実子さんの作品や作家活動からは、ある種民俗学ファンを虜にする民俗学に忠実な姿勢が作品やX(旧twitter)の投稿から見受けられます。
(最近の文学作品は、インパクトの強いPRを打てた作品や、設定・プロットの意外性が書店に並ぶ傾向がありますが、それに対して)実際に舞台の地に足を運び、自然や歴史、文化に繊細な意識を働かせ、作品に反映したそんな作風(例えば海に登場人物が足を浸かる描写や奄美の歴史を学ぶ描写)が遠藤由実子先生の作品の大きな魅力です。
作家像
2010年代にIT革命が起こり、書店や紙の新聞からしか入手が難しかった文学作品・文学情報は、今や電子書籍で作品を読め、SNSで自由に文学情報や人にアクセスする時代に突入しました。
そんな時代の中において、自作品を手に取った読者にまめに返信される、読者に寄り添う姿勢が、今の世代を駆け抜ける(私を含む)読者にとって、大きな魅力の1つです。(無責任なことは言えませんが)遠藤由実子先生の作品を読まれた方は、是非感想をSNSでシェアされることもオススメします📚
代表作(140字紹介)
うつせみ屋奇譚 怪しのお宿と消えた浮世絵
祖父がのこした、浮世絵コレクション。
其の中に一つ、真ん中が空いた怪しげな絵。誘われたのは不思議なお宿で…。
ー妖怪の聲に、慄然としてー
本当に大事なとき、必要なのは勇気か、言葉か、思いやりか…
鈴の音が如く、心に響くお話です
夜光貝のひかり
(サッカーに悩む)彼方は、奄美に降り立ち、幽霊の少女ルリと出会うこととなる
夜光貝が少しずつ照らし始めるは、
ルリに秘められた謎と彼方の未来(魂)で
出会いによって見つけた
才能より、もっと大切なこと。
シマ唄が夏夜に響き渡る刹那、
光が記憶に刻まれる、作品です。
2-4 結末がわかっていても読みたい作品 (1作品)
結末がわかっていても読みたい作品は大内美予子先生の『沖田総司』です。中学生のころにNHK大河ドラマ『新選組!』に魅了され、新選組や隊士の名がつく作品をとにかく読み漁っていたころに出会った作品です。
史実をもとに偉人を扱った作品は、歴史を知っていれば結末は読まずともわかるもの。新選組の一番隊組長・沖田総司は類い稀なる剣の天才であるものの、当時は不治の病として恐れられていた労咳(肺結核)に侵され戊辰戦争の最中に戦線を離脱、慶応4年5月30日に20代の若さで生涯の幕を閉じました。
激動の時代を駆け抜けた新選組の結末も、決して華やかなものではありません。それがわかっていてもこの作品を繰り返し手に取るのは、教科書にはない「心」の機微が丁寧に描かれているからです。
実際の沖田総司という人物については、彼の残した書簡や生き残った隊士や遺族の書物や証言でしか知る術はないので、あくまでも著者の想像や理想だとは思っています。それでも、自身や信じる者の「誠」にまっすぐ向き合い、ときに無邪気、ときに冷酷、繊細さと温かさを持ち合わせた大内美予子先生の描く沖田総司が実際に存在していたと夢を見て、恋い焦がれてしまうのです。
ニック・ドルナソの『サブリナ』(藤井光訳、早川書房、2019年)という何とも不気味な漫画がある。世界的権威のある文学賞ブッカー賞にグラフィック・ノベル(漫画)で初めてノミネートされたとして話題になった。サブリナという名の女性がある日突然いなくなる。その失踪の謎と周囲の噂や憶測に、残された恋人とその友人、サブリナの妹が翻弄される。しかしこの作品、結末まで読んで意味がわからないと匙を投げた人も多いのではなかろうか。そう、一読ではよくわからない。二読、三読してもわかるようなわからないような。描かれているシーン、台詞に作者の意図を読み取ろうとしてさらなる深みにはまっていく。小説を表す「Novel」とはもともと「斬新な」という意味があるそうだ。『サブリナ』はまさに斬新としか言えない読書体験をもたらしてくれる。
結末がわかっていても繰り返し読みたくなる作品は星新一の『処刑』です。とても短いのに度々この作品を思い出してしまうくらい衝撃的な作品です。中学生の頃休み時間に読んだのですが、終わり方が美しすぎて感動のあまりその後の授業に集中できなかったのを覚えています。さすがショートショートの神様、、、。
川端康成の「片腕」です
最近ひとから勧めていただいて、テスト前にもかかわらず読み始めてみると止まらなくなり、完全に世界に引き込まれてしまいました。男がある女の子の片腕を一晩預かる、というお話です。作者の頭の中がはっきりみえそうなぐらい明確に、終始怪しく美しい川端ワールドが広がっていてとても面白かったです。結末関係なくただ世界を楽しむために読んでいただきたい作品です。
2出版社の視点(おすすめ3作品)
2-1 本好きの下剋上
アニメ化情報
2-2 最弱テイマーはゴミ拾いの旅を始めました。
アニメ化情報
2-3 ティアムーン帝国物語15~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー
アニメ化情報
3.印刷会社の視点(装丁がオススメな3作品)
3-1道尾秀介『N』
全六章からなっており、読者が読む順番を選択できることによって読後が変わる本で、各章のつながりを断ち切るために、章ごとに上下反転して印刷してある。それに伴い反転して読んでも表紙のデザインがキープされる装丁です。
3-2舞城王太郎『イキルキス』
中央部にハート形に穴があけられ、「イキルキス」というタイトルにも「舞城王太郎」という著者名にも小さなかわいいドット穴が開いているなど型抜きがされてあり、かなり素晴らしい装丁です。
3-3安壇美緒『ラブカは静かに弓を持つ』
もう美しいの一言です。内容にも則したデザインとなっていて、今まで読んできた中ではトップクラスにすばらしい装丁です。
本好き・デザイナー必見!!
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4建築士の視点(オススメな図書館)
太田市図書館
太田市図書館は外にも開かれた回遊性のある建物で、図書館では珍しいかなーって思います。
角川武蔵野ミュージアム
石っぽい見た目の外観が目を引き、見た目に反して内部は本でびっしりらしいから、ギャップも面白いと思います。所沢だから比較的行きやすくてオススメです。
仙台メディアテーク
厳密に言うと図書館なのか微妙ですけど、歪な形状の柱が特徴的で、ある意味自然界にありそうな不規則な空間になってるのが見てて面白いと思います。
5書く側の視点
◆ショートショート
『かけ違えたボタンみたい』著:降谷さゆ
「運命」を信じますか?
生涯のうちに接点を持つ人は3万人ほどで、同じコミュニティに属する人は3千人、そのなかで親しくなれる人はせいぜい300人らしい。恋人関係に発展する可能性のある人はもっと少ない。このなかに幸せに導いてくれる「運命の人」がいたら奇跡。
でも、「運命」とは身にめぐって来る吉凶禍福のこと。
私にとって彼は、出会わなければよかった人。
*
「絵梨花(えりか)も経営ゼミ?」
そう声をかけてきたのは幼馴染の柊(しゅう)。腐れ縁で幼稚園から大学までずっと一緒。
「も、って?」
「蓮(れん)もだって」
「サークルのイケメンだっけ?」
「そ。惚れんなよ、彼女いるから」
「顔で選ぶほど単純じゃないし」
「じゃあ俺くらいで妥協しとく?」
俺くらい、なんて言うけど柊はモテる。根は優しいやつだって知っているから驚かないけど、こうやっていつも私をからかうところがムカつく。
「はぁ? 柊だけはない」
このやりとり、何度目だろう。いつもこんな感じ。柊には気を遣わないし一緒にいて楽しいけど、これは恋じゃない。だって柊に胸がキュンとしたことなんて一度もない。
やっぱり恋じゃない、そう確信したのはこの日の午後。
顔合わせのために向かったゼミ室には蓮くんだけがいた。当たり障りのないちょっとした会話しかしていないのに私はもう彼の虜。ただの一目惚れじゃない、なんというか空気感がしっくりくる。心地よい胸の高鳴りに恋に落ちたことをすぐに自覚した。
「……来ないね」
蓮くんの視線の先に目をやると、集合時間をかなり過ぎているのにほかの生徒も教授も誰も来ない。帰るわけでもなくそのまま私との会話に戻る彼にとっても、私の印象はきっと悪くない。
後から知ったのだが、掲示板に日程変更のお知らせが貼られていて見逃した私たちだけが行ったみたいで、結局その日は二人きりだった。
こんな些細なきっかけを、私は「運命」だと思った。
*
「……蓮の話ばっかり」
柊はムッとした表情をするけど、私は近況を話しただけのつもりだった。
「そんなことないよ! ほかの子はあんまりゼミ室に来ないから話題がないの!」
蓮くんと仲良がいいことに少し後ろめたさがあった。
「蓮はやめとけよ。彼女いるのに絵梨花が可愛いってあちこちで話す男だぞ」
「そうなの!?」
「わかりやすく喜んでんじゃねーよ、浮気男ってこと」
「別に、私とは何もないから浮気じゃないし」
「自分が彼女だったら嫌だろって話」
「彼女じゃないからわかんない」
彼女じゃない、そう自分で言って胸が痛む。
「……俺はちゃんと言ったからな!」
柊はお節介だ。でも、これが忠告だと知るのはまだ先のこと。
ゼミ室に行けば蓮くんがいる。そんな日々は幸せで、でも、ずっと苦しかった。
「絵梨花ちゃんが彼女だったらよかった」
「それなら別れなよ。私、彼氏募集中だし?」
ふざけているように言うけどこれは私の願い。
「待っててくれる?」
「いつまで?」
もうずっとこの調子。次は彼女に別れを切り出すという言葉に何度期待をして裏切られたかわからない。それでも彼の本命は私。その自信があるから何度一人で泣いても彼女になれると信じて疑わなかった。
だけど、その自信も砕かれた。クリスマスは二人で過ごそうって約束したのに、『ごめん、彼女が熱出して。明日一緒にケーキ食べよ』ってメッセージに私は二番目だと思い知らされる。想い続けても、悔しくて、悲しくて、苦しいだけ……。
何日も泣き続けて涙が枯れたころ、ようやく彼を諦める決心がついた。そして数日後にアルバイト先の先輩が私に好意を伝えてくれたから、私はその人と付き合うことにした。
「私、彼氏できたから」
翌週、それだけ蓮くんに伝えた。一人で泣いたことを彼に伝える権利なんてなかったから。
「――誰と? いつから? なんで?」
彼の動揺にすぐ心が揺れる。
「バイト先の先輩。先週から。彼、優しいんだ」
蓮くんの一番にはなれない。だから私を一番に想ってくれる先輩を好きになりたい。
「そう……なんだ」
「……うん」
泣くな私、これでいい。
柊にも、全部話した。好きでもない先輩と付き合ったことは咎められたけど、「絵梨花がもう一人で泣かないならそれでいいよ」と珍しく優しい言葉をかけてくれた。
でもその翌月、蓮くんはまた私の心をかき乱してくる。
「彼女と別れた。やっぱり絵梨花ちゃんが好きだから」
「…………」
どうして、なんで今なの?
「先輩と別れてよ」
「…………できないよ」
だって、先輩は何も悪くない。
「……俺のこと、もう好きじゃない?」
目の奥が熱くなる。どうして私はまたこの人に泣かされているんだろう。
「……ずるいよ」
まだ好き。それをわかって言ってくるからずるい。
でも、もっとずるいのは今は私だ。蓮くんに恋心を抱いたまま先輩の好意に甘えている。以前の蓮くんみたいに。そしてやっぱり柊に咎められる。
「私はこれでいいの」
「じゃあなんでずっとそんな顔してんだよ!」
また余計なお世話。私だってたくさん悩んだ。
「柊にはわかんないよ!」
「ずっと絵梨花しか見てない俺がわかんないわけないだろ!」
「…………」
「俺の気持ちに気付かないフリしてんのもわかってんだよ。それでも絵梨花が笑っていればそれでいいって――」
「――ごめん! もう放っておいて」
全部お見通しだ。でも、柊の言葉を受け止める余裕は今の私にはない。
「…………わかった」
これが最後の会話。私はきちんと向き合うべきだった。
*
卒業を控えてアルバイトも最終日だった帰り道、先輩に別れを告げられた。
「ほかに好きな人がいるよね」って言葉に、ずっと先輩を傷つけていたことにようやく気づく。だから、私は別れを受け入れることしかできなかった。
社会人になってからは恋を忘れることに必死だった。慣れない仕事に追われるこの環境はそんな私にとってはありがたい。
でも、半年が過ぎたころ蓮くんから『やっぱり絵梨花ちゃんがいい。会いたい』とメッセージが届いた。
(……もう、私の心に蓮くんはいないのに)
寄り添ってくれたのはいつだって柊だった。でも、最近柊に彼女ができた。
共通の友人からその知らせを聞いたとき、世界にたった一人取り残されたような孤独を感じて、暗闇に閉じ込められたみたいだった。どんなに憎まれ口をたたいても柊なら許してくれる。今はちょっと喧嘩が長引いているだけ。また私の元に戻ってきてくれる、そんな考えはうぬぼれだった。
自分の恋心よりも私の笑顔を願ってくれた柊に私は向き合わなかった。そんな私がようやく自分の幸せを見つけた柊に今さら「好き」なんて言えるはずがない。
大切な人は一番近くにいたのに、「運命の人」に惑わされた。
だから私は蓮くんに返事をする。
『私も会いたい』って。負の運命から解放されるために。
◆あとがき
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。
特別なトリックがあるわけでもない、感動のラストに涙することもない、そんな物語だったと思います。普段は「この展開や結末は想像できないだろう」という自分のなかでとっておきのアイディアありきで執筆を進めるのですが、今回は「物語を作るひとつの方法」をわかりやすくお伝えしたいと思いこのような形にしました。
今回執筆にあたって『あなたの知らない美しく怖い花言葉』という辞典を参考にしました。ネタの宝庫として重宝している1冊です。
絵梨花、柊、蓮は花の名前で、花言葉を知っていた方は初めから結末がわかっていたかもしれません。ヒロインの『絵梨花』はエリカから名付け、花言葉は「孤独」「寂しさ」。幼馴染の『柊』はヒイラギで花言葉は「先見の明」「あなたを守る」。そして『蓮』はハスで花言葉は「離れゆく愛」。
絵梨花が柊にきちんと向き合っていれば、悩むことも傷つくこともなかったかもしれない。でも、蓮を想い続けたばかりに愛が離れて孤独になってしまった。
このように花言葉から生まれた物語です。
蓮にメールを返したあとの展開はどのように思い描いたでしょうか?
気持ちはもうなくても蓮を選ぶのか、蓮との関係を断ち前を向くのか、それとも彼の存在をこの世から消し去るのか……。結末を読者さまに委ねることで、また新たなストーリーが紡がれてゆくのも物語の楽しみだと思っています。
最後に、この物語が大切な人を想うきっかけになることを願っています。
降谷さゆ
『自己同一性』著:神戸高校 泉鏡花部
目が覚めると一面真っ白な世界にカウンターがあって、女が居た。
「あなたは死にました。裁判を受ける必要があるので、書類の方確認いただいて、閻魔殿の方へお向かいください」
ふむ。私は死んだらしい。もらった書類をパラパラめくると、「死者の皆様へ」と書かれた紙が出てきた。死後の世界について色々説明してくれていてかなり優しい書類だ。まず、真っ白で美しく恐ろしい雰囲気の、私の今いるここは、死を受け止めきれないであろう死者、例えば事故や事件に巻き込まれた死者のための仮受付役所らしい。そして私は刺殺、らしい。誰かの恨みでも買ったのだろうか。全く思い当たる節はないが、人生の最後の最後に意外性があってよかったと考えることにした。母の死は3年引きずったのに、己の死は3秒ほどでけじめがついたのが不思議だ。
「問題なければ閻魔殿の方へお向かいください」後ろが支えているのだろう、女は少し焦ったように言った。死後の世界にもお役所仕事があったとは思わなんだ。
「閻魔殿ね...…」
私は一体どんな罰を受けるのだろうか。嘘なんか何回だってついた。嘘を重ねて、どうにか社会にしがみついて生きてきた。私は善人ではないだろうが、悪人でもないだろう。言ってしまえば、私はどちらにもなりきれなかった半端者のコウモリだった。私は一体何者なのか、どこから来てどこへ行くのか、はっきり考えたことはなかった。
「閻魔殿へは電車が便利ですよ。皆さん歩かれますけれど、おすすめはしません」そう言いながら女は外へ通じる扉を開けた。
ゴトトン、ゴトトン。ガタタタン、コトトン、コトトン。
外は暗く曇っていた。私はただ閻魔様の下す判決が気掛かりでならなかった。
人の少ない電車の中、腕を組んで一人立って、自分がついさっきまで生きていたことを思い出しながら、外を長いこと見つめて、遠くにぼんやりと見える琥珀色の街の灯りを眺めていた。
長いこと見ていると疲れてきて、ガラスに映った私にピントが合う。ガラスの私の目を見て、私の分離していく様を見ていた。
私の目は叔父によく似ていた。目の形と、目のすぐ横から頬までの輪郭も似ていた。ただ叔父がこの目をするときは叔父の娘である従妹を叱るときだ。
私は私を殺した原因を作ったであろう自分を責めているのか?
私の爪は母に似ていた。ところで。どうして腕を組んでいるんだろう。なぜ自慢の爪を外へ見せてやれないのだろう。何故か腕組を解くのが怖い。
私は実は死因に心当たりがあるんじゃ無いか? 隠し事があるんじゃないか?
ゴトトンゴトトン...... 今見ている顔が次々と別人の顔に見えて行く錯覚があった。輪郭はこの人、眉毛はあの人。ゴトトンゴトトンゴトトンゴトトン......景色が移るように。ゴトトンゴトトンゴトトンゴトトン……。
ふっと琥珀色の灯りに目線が写って全部忘れた。
いつかわかると思って生きてきた。最後までわからなかったことが山積みだった。閻魔様は教えてくれるのだろうか。
私は一体どういう人間だったのだろう。判決の時が来たら全て告げられるだろう、そんな期待をもって閻魔殿へ着いた。
「あの、北村柚木という者なんですけれど......」と申し訳なさそうな顔を作って、受付らしき女に書類を出した。
「拝見いたしました。では仮判決文をお出ししますね。仮判決文に異論があれば裁判を行います」
「はぁ。もう判決は出てるってことですか」
「そうですね」
私は拍子抜けしてしまった。そんなインスタントな。私の人生軽すぎやしないか。
「その、異議申し立てをして判決は変わるんですか」
「閻魔様も元は人間ですから。200年に1回ぐらいの頻度で判決変えてますよ。まあまずご覧になったらどうですか」
判決文を開くと、天国行きだと書いてあった。
「あら、天国行き。おめでとうございます」
「わかってないのに判決文を見るのを急かしたんですか?」
「まぁまぁ、落ち着いて。天国行きですよ。よかったじゃないですか、またいいところにすぐ生まれ変われますからね」
「はぁ」
「何も覚えのないまま、清らかになってまた天に生まれますから」
「えっ」私はおそらくこの時ものすごい表情のついた顔をしていたのであろう、女が困惑の表情を浮かべた。
「どうされました?」
「いえ、意外だっただけです。死んだ後で、今までの人生の、答え合わせみたいなのを期待していたので。天国に記憶は継がれないんですね」
「ああ。でも大丈夫ですよ。天国はいいところですから。」
「それならいいんですけど」
私はちょっとばかり控訴をするべきなんじゃないかと考えた。私が一体なんだったのか考えたいと強く思っていたからだ。私はどこからきたのかを、私の人生の評価された部分はどこだったのかを考えたくなった。少なくとも裁判を起こせば、何か聞けるはずだ。
「あのう……」
「あ、ハイ。それでは。天国行きの手続きをしましたので、ここで北村様としての人生は終了となります。おつかれ様でした」女は笑顔を浮かべて言った。
「え」
北村柚木はこうして消滅してしまった。
『もう一つの江ノ島』著:令和寛
淡い蒼色と紺が交わる、日暮れどき、
林を通り抜けた風が、背後からわっと押し寄せたかと思うと、宙に舞った数百の紅の葉がゆらゆらと境川に落ちていった。
この日は12月の中旬というのに、気温が24度を超えていて、虫の音はなく、境川の留鳥の鳴き声が甲高く鳴り響いていた。
街灯の光がわずかに届く黒い水面には、鯉の背鰭が波紋を生み、軌道を変えて流れる葉船の様はまるで、先行きの見えない今の僕の心情を表しているようである。
僕はありふれた人間で、特段目を引くような容姿も備えていないし、秀でた趣味はない。小説を書く趣味と、営業という仕事をアイデンティティに添えているどこにでもいる凡人である。
(ここまで綴ったところで、どうやら僕は眠ってしまったようだ)
1-1 凡人と天女
「あなたに素敵なものを見せてあげるわ」
ある人の声で、僕は目覚めた。
境川に足を浸すようにして、2匹の虎と、直視できないほどの美しい女性が立っていた。
慣れないことを考えたせいだろうか、僕は幻覚を見てしまったようだ。
美人は神々しさをみにまとっており、ただものではないことは感じ取れた。しかし、26歳という年齢、社会という波にもまれた人間には、中々現実のこととして認識が出来なかった。
「はじめまし、……」
そこまでに口にしたものの、そこから先はどうしてよいかわからなかった。
そんな僕の反応に美人は躊躇なく、2匹の虎を両脇に添え、にこりとつくり笑顔で微笑み、だけど、まるでこの世界の全てを理解しているかのような聡明な目つきで、河岸のこちらへ向かってきた。
それから僕の数メートル手前の所で立ち止まると、僕を警戒させないように、僕の頭に話が入ってくるように、落ち着いたトーンでゆっくり言葉を発し始めた。
「私はあなたが想像するよりもはるかずっと昔からこの土地に長くいるから、大抵のことはわかるのよ。この土地に住んでる人の感情や、例えば目の前のあなたが今抱えてる悩み、を言いてることは私にとって、そんなに難しいことではないの」
僕は依然として、状況と話の内容を飲み込もうとするのがやっとで、口からは何も出てこなかった。
試しに一度手で目を擦ってみるが目の前の光景は変わらず…
「えっと…」
ー僕の悩み?
美人は戸惑う僕とは対照的に、余裕そうな表情で、目を細めて視線に圧をかけてくる。
「あるんでしょう?」
と問い詰められ、僕は圧迫感を感じて反射的に、
「凡人であること」と走るように答えた。
すると美人は、目をこすった方の、僕の手を力強く引っ張った。
「うおっ」
美人に手を引かれるがまま、つられてそのまま立ち上がると、気がついた時には僕は1匹の虎にまたがっていた。
カタッ。携帯がポケットから落ちる音がして、僕は地面を見下ろそうとしたが、虎はそんなのお構いなしに、美人が乗る虎の後に続くようにして走り出した。
境川の上を風のような速度で10kmほど疾走し、江ノ島が見えてきたかと思けば、あっという間に海の中を降り始めた。
2-1 江ノ島離宮
相模湾の中をいくら駆け抜けただろうか、海底から、石灯籠の灯りが点々と灯されてるのが見えてきた。
「ここが江ノ島離宮よ」
2匹の虎がしゃがみ僕と天女を降ろすと天女が、僕の隣に立った。
「ここからは宮殿まで、100段の急な階段が連なるから、覚悟してね」
一本の道の両脇には、店が門を構え、
多くの化身・魚が行き交っている光景は、幻想的で、まさに"もう一つの江ノ島"だ。
令和寛
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令和寛(青山学院大学卒)
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