愛した人(短編小説 2)
(あらすじ→ 5年前に亡くなった恋人、隼人を美紀は未だに忘れられない。かつて隼人が住んでいた住居が空き家になってるのか、既に新しい住人がいるのか、ずっと気になっていた。好奇心を抑えきれず、訪れてみると……。)
心臓がはち切れそうだった。
鼓動が激しさを増して、息苦しい。
予想外の出来事に何だか怖くなり、逃げ出したいと思いながらも、体が固まってしまって動けない。
最早、隼人以外の何者にも見えない男性と目が合った。途端に、彼の顔に笑みが広がった。
(えっ!? 私を知ってるのかしら?)
隼人なら当然だ。
でも、彼は隼人のそっくりさん?だから、知ってるわけがないだろう。
男性は鍵を外すと、アルミサッシの窓をスルスルと開けた。
「美紀、なんでそんな所につっ立ってるの?」
「えっ?!」
「ずっと覗いてたでしょう? まるで泥棒みたいだよ」
男性は可笑しそうに笑った。
(私の名前を知ってるなんて、やっぱり隼人?
イヤ、だって彼は……)
笑った時の柔和な目元と声が、隼人そのものだ。
この現象を、どう捉えたらいいのだろう?
(私、夢を見てるの? 幻? 目の前にいるのは
隼人の幽霊?)
「いつも予告なしで合鍵で入ってくるのに、今日は何で庭から覗いてたの?」
男性は無邪気な笑顔を向けてくる。
「えっ、と。特に意味はなくて、何となく……」
美紀は適当に言い繕い、もじもじした。
「とにかく、入っておいでよ」
「うん……」
ひとまず、玄関へと向かう。
頭が混乱している。少し落ち着かせないといけない。
引き戸を開け、中に入る。
まだ、胸がドキドキしている。
ここに来るのは5年ぶりだ。
ラック棚に、隼人が美紀のために用意している花柄のスリッパがあった。
(まだ、あったんだ)
スリッパを取り出し足を入れると、ゆっくりとした足取りで居間へと向かう。
夢を見ているようで、体がふわふわしている。
居間のドアを開けると隼人? が立ち上がり、
近づいてくる。
えっ?! っと思うや否や、正面から抱き締められた。
「美紀、会いたかったよ」
隼人の胸に抱きすくめられながら思った。
声も匂いも温もりも、隼人そのものにしか思えない。
美紀は一時、目眩に襲われる。
(もう、夢でも幻でもいい。夢なら覚めないで……)
つづく
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