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この世の果て(短編小説 8)


《《 今までのあらすじ →3回目の幽体離脱をした真希は、海岸にひっそりと設置されていた電話ボックスで鳴り響く電話のベルに引き寄せられる。試しに電話に出てみると、津波に流され行方不明になった恋人、裕二の声が聞こえた…… 》》



       《 最終回 》

あの世とこの世の狭間。
それは、水平線の彼方にある。
以前、何かの本で読んだ記憶がある。
神秘的な作り話ね、と思ったが、あながち嘘ではないかもしれない。


裕二と話している最中、真希はその話しを思い出したのだ。
裕二は水平線の彼方にいるのではないかと。
だとしたら、早くそこへ……。

真希は空中に舞い上がると、水平線の彼方へと突き進む。
黎明の空はまだ薄暗い。
それでも水平線の彼方は、薄っすらと陽の光が滲み始めている。

裕二の生存への期待は、ほぼ消失していた。
だから、幽霊でもいいから会いたいと、常日頃望んでいた。やっと、望みは叶いそうだ。
真希は期待に胸を膨らませる。
まず最初に、何て言おうか。

(ところで、水平線の彼方って、いったいどこまで行けばいいんだろう? ただ、やみくもに進むだけで到達するのだろうか?)

しばらく進むと、

「あっ!?」

突如、まばゆいばかりの光に包まれた。
直視できぬほどの眩しさに、真希は目を細める。
これ以上進むのを、一時ためらっていると、

「真希?」

光の中から、裕二の声が聞こえた。
ここが、この世とあの世の狭間なのだろうか?

「裕二? そこにいるの?」

「うん、待ってたよ」

目を細めつつ、前方を伺う。
やがて、人の形を思わせる輪郭が浮かび上がった。
懐かしい裕二の顔が徐々に見え始める。

「裕二……」

一重瞼で、少し切れ長の見慣れた目元。
柔らかな笑みをたたえ、その眼差しを真希に向けている。
5年ぶりに見る裕二に、真希は胸を震わせる。
もう死んだと思っていた裕二が、目の前にいる。

(もしかしたら幽霊なのかもしれないが、それでもいい)

「真希、やっと会えたね……」

「うん、会えて嬉しいわ」

裕二は更に近づくと、真希の背に腕を回し、抱き寄せる。
真希も裕二に、しがみつく。
懐かしい裕二の匂いに、胸がいっぱいになる。
幸せ過ぎて、もうこのまま死んでしまっても構わない、とさえ思った。

「真希に会いたかった、とても寂しかったよ」

「私も、ずっとずっと、寂しかったわ。裕二のことを考えない日はなかった。毎日、会いたいと思ってた。毎週末、海岸に行って、裕二を探してたのよ。でも裕二はどこにもいなくて、毎回がっかりしてた……」

2人はお互いの存在を確かめ合うかのように、しばらく抱き合っていた。

「そういえば、真希はここまでどうやって来たの?」

「私、幽体離脱して、空中を移動してきたの」

「幽体離脱? そんなこと、できるの?」

「うん、幽体離脱できる動画があるから、それを聞きながら」

「そういうのがあるんだ。すごいね」

「うん。それより、私このまま、裕二とずっと一緒にいたいわ」
真希が呟く。

「それは、ダメだよ……」

「えっ、どうして?」 

「真希はまだ生きてるし、自分の使命を果たすまでは、こちらの世界に来てはいけない。そして、僕はやはり、既に死んでるようだね。空腹感も全く感じないし、どれだけ動いても疲れないし」

「やっと会えたのに、また離れるなんてイヤだわ。
裕二さえいてくれたら、どれだけいいだろうって、今まで何度も思った。幽霊でも構わない。あと、自分の使命なんて分からないわ……」

言いながら、真希は泣いていた。

「また、真希に会いにくるよ。だから、泣かないで……」

「えっ?」

真希は顔を上げ、裕二を見つめた。

「どういうこと?」

「お互いの誕生日とクリスマスに、ここで会おう。」

「誕生日とクリスマス……」 

「少ないけど、全く会えないよりは、いいよね」
裕二が微笑む。

「うん、また会えるなら嬉しいわ。でも本当は裕二の傍に毎日いたいわ。あの地震以来、もう誰も好きになれなくて、裕二しか愛せないの。うぅん、ずっと裕二だけを愛したいと思ってた……」

「真希に愛されて、僕は幸せだよ。今日はこのまま朝までいよう」


再び、裕二は真希を抱きしめた。
光は神々しさを増して、2人を包みこんでいた。

やがて夜が明け、太陽が昇り始める。
裕二は真希を抱いていた腕を解く。

「じゃあ真希、そろそろ魂のふる里に帰るよ。次は真希の誕生日に、ここで会おうね」

「もう、行っちゃうの?」
途端に、真希は寂しくなる。

「うん、真希の誕生日に必ず会いに来るから、そんな悲しい顔しないで」

「分かった、待ってるわ。必ず来てね」

「じゃあ、真希。またね」

「裕二……」

裕二は微笑み、真希を見つめ、穏やかな朝日に照らされながら、ゆっくりと上昇していく。
真希は脇目も振らず、裕二が遠ざかっていくのを
じっと見ていた。

「裕二、裕二……」
真希は泣きながら、愛する人の名を呼ぶ。

やがて、裕二は空の一角に吸い込まれるように消えていった。

「裕二、待ってる。愛してるわ」

真希の頬を涙が伝う。
その涙は悲しみだけではなく、希望も込められていた。


         了

















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