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愛した人 (短編小説 1 )


#オールカテゴリ部門

      ( あらすじ )
5年前に亡くなった恋人、隼人を美紀は未だに忘れられない。
かつて隼人が住んでいた住居が空き家になってるのか、既に新しい住人がいるのか、ずっと気になっていた。
好奇心を抑えきれず、訪れてみると、隼人そっくりの住人がいた。イヤ、隼人本人、隼人そのものにしか見えない。
話しをしてみると、そっくりさんではなく、隼人本人? だった。美紀は隼人と一晩を過ごすのだが……。

その家の門の前に立つと、妙な違和感があった。
空き家にしては、そう古びた雰囲気がしない。
よく見ると、出窓にかかるレースのカーテンは真新しい白さだ。僅かに開いた窓から吹き込む風を受けて、軽やかに揺れている。

(新しい住人が住んでるのだろうか?)

その家は平屋建てで、玄関は引き戸だ。
グレーの壁は、さほど色褪せてはいない。
ふと、家屋に隣接するガレージに目を向ける。
シャッターが開いていた。中を覗いてみたい衝動に駆られ、そちらに近づく。
美紀はドキリとした。そこにあったのは、紺色のインプレッサだった。隼人が乗っていた車種、色と同じだ。
恐る恐るナンバーを見ると、97……

(合っている。最初の二桁しか覚えていないから、後の二桁は合ってるかどうか分からないが。偶然の一致なのか、それとも、隼人の車?)

美紀は、じっとナンバープレートを見つめていたが、首を左右に振った。

(隼人の車であるわけがない。だって彼は、死んだのだから……)

もう、ここを訪れることはない。
イヤ、もう二度と来ないと決めていた。
隼人の思い出がある場所を訪れても、ただ悲しみに暮れるだけだから。
だから、隼人が住んでた街の近くには、寄り付かないようにしていた。見慣れた街並みを見るのさえ嫌だった。だけど、どうしても外せない用事ができて、隼人の家の近くを車で通り過ぎることもあった。そんな時は周りには目を向けず、ただひたすら前方だけを見てハンドルを握っていた。
だが、近寄りたくないということは、逆に気になることでもあった。
隼人の両親が亡くなった後、彼が一人で暮らしていたあの家は、どうなったのだろうか? と。
築40年は経っていると聞いている。売却するとか、そのような話しは聞いていない。親族が管理する予定だったのかどうかも分からない。
いずれにしろ、新しい住人が住んでることは確かだろう。

その時、かすかにピアノの音が聴こえてきた。
美紀は耳を澄ました。
この家の中から聴こえてくるようだ。
聴き覚えのある旋律だ。そう、隼人がよく聴いていたピアノ曲。ショパンのピアノソナタ第3番だ。
以前は美紀もこの曲が好きだったが、隼人の死後は聴く気分になれなかった。彼を思い出してしまうからだ。

第1楽章の軽やかな旋律に、じっと聴き入っていた。

(どんな人が聴いているんだろう?)

にわかに気になりだす。
美紀は家の裏側へと歩き出した。居間がある方向だ。

(住居侵入罪で訴えられるかしら?)

少し心配になったが、好奇心が押さえられなかった。足音を立てないよう、慎重に歩いた。
裏側には小さな庭がある。きちんと除草はされていた。特に何も植えられてはいない。隼人の両親は生前、色とりどりの花々を植えていたらしい。
両親が亡くなってからは、隼人は特に庭造りには興味を示さなかった。今の住人も、そのようだ。

第1楽章が終わり、第2楽章のちょっと明るい軽快な旋律が流れ出す。
美紀は住人に見つからないよう、そっと居間の窓際へと近づく。カーテンは開けられていた。
男性と思われる住人が、ソファーに座っている。
横顔しか見えないが、どことなく隼人に似ているような気がした。
眼鏡のフレームが、隼人がかけていたものと同じようなタイプに見える。
そして、少し長めの前髪。それらは隼人を彷彿とさせた。
美紀は金縛りにあったかのように、身動きできなかった。

(まさか、そんな、隼人は死んだのよ。きっと、隼人のそっくりさんよ。世の中には似てる人、一人くらいいても不思議じゃないわ)

その時、男性がこちらに目を向けた。

(えっ、私の視線を感じたのかしら?)

ソファーから立ち上がり、窓際へと近づいてくる。

(えっ?!)

美紀は腰を抜かしそうになった。
なぜなら、男性は隼人に酷似していた。
イヤ、隼人本人? にしか見えない。

      つづく




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