この世の果て(短編小説 6)
《《 あらすじ → 真希は2度目の幽体離脱に成功した。海峡で例の女性を探していると、亡き愛犬の鳴き声が聞こえた。鳴き声に導かれるように移動したその場所は、かつて両親が住んでいた借家だった。人が住む気配を感じ、様子を伺っていると、引き戸を開けて亡き母が現われた 》》
何もないがらんどうの部屋の中で、次第に悲しみが押し寄せてくる。
昨夜の光景は幻覚か、または霊界に迷い込んだか
どちらかの可能性があるかもしれないと自分に言い聞かせていた。
やはりそうだったのか、と真希は途方に暮れた。
(でも、一時でも両親とダイスケに会えて、幸せだったわ)
これからも両親への思慕を胸に、生きていくだけだ。
寂しいけど、寂しさは何をしたって無くならないだろう。悲しみだって、そうだ。
そろそろ、寂しさと悲しみを抱えていく覚悟を持たなければならない。
幸せと寂しさが入り混じった感情を抱えながら、真希は帰路に着いた。
一晩以上、肉体から離れていたから上手く戻れるか、また不安になる。
ベッドで横たわる自分の身体に前回より時間をかけて、やっと戻ることができた。
(もう、幽体離脱は辞めようか)
でも、両親にまた会えるかもしれないという期待もある。それに、例の女性も気になる。
(あと1回だけ、してみようか)
少し間を開けて、3日後の夜。
例の幽体離脱の動画を聴きながら、真希はいつものように肉体から抜け出す。
(今日は、例の女性に会えるだろうか)
海峡が近づいてくると、慎重に下界を見渡す。
女性の鳴き声のようなものは聞こえず、ただ打ち寄せる波の音だけが響く。
真希は海岸に降り立つ。
「やっと会えたわ!」
突如、声をかけられた。
振り返ると、例の女性だった。
真希はホッとして近づく。
「会えて良かった。約束したあの日、ここに来たの。あなたを探したけど、見つけられなかったわ」
「ごめんなさい。そう、あなたと約束してたよね。でも私、あの時、お母さんに会いたくてたまらなくて、お母さんの所に行ってたの」
「そうだったの。分かるわ、その気持ち……。
お母さんには会えた?」
真希が尋ねる。
女性は寂しそうな顔をすると、
「お母さん、来たよって、お母さんの前に座ったけど、私の存在には気づいてくれなかった。寂しそうな顔して、ぼ〜っとしてた。見てたら私も辛くなって……」
娘が行方不明だと、母親なら辛いのは当然だろう。
真希は女性の母親の身を案じた。
「そろそろ、ここから旅立とうと思ってる。深海に沈んだ私の骨が発見されるのは、もう期待できないし。だから、ここから旅立つ前に、あなたに会いたかったの」
女性の話しを聞きながら、真希はなんとも言えない不条理のようなものを感じた。
海で起こった不慮の事故だから、行方不明者が全て発見されるのは困難だろう。
捜索も一定の期間を過ぎると、打ち切りになるのも仕方ないのかもしれない。
だけど行方不明者と、その家族の苦しみは、発見されるまで続くだろう。
もどかしい、もどかしいけど、真希にはどうすることもできない。
「そうなんだ。そう、決心したのね。ちょっと、寂しいわね……」
しみじみと真希は言った。
「寂しいなんて、そう思ってくれて嬉しいわ。ここから旅立つ前に、あなたのような優しい人と出会えて良かった」
女性は精一杯の感謝を込めた笑みを広げた。
「この世で最後に出会えた親友だわ。あなたのこと、忘れないわ……」
「私も、忘れない。あなたの遺骨がお母さんの元に届くよう、ずっと祈ってる」
真希は今にも泣きそうだった。
「じゃあ私、そろそろ魂のふる里へ向かうわ。さようなら……」
「うん、さよ、なら……」
2人はどちらからともなく抱き合った。
旅立つ者、残される者。
それはいつでも、誰であっても、深い喪失と悲しみをともなう。
「ありがとう、本当にありがとう。じゃあ、さようなら……」
女性は舞い上がり、手を振りながらゆっくりと上昇していく。
「さようなら……」
真希も手を振り、女性が見えなくなるまで空を見上げていた。
やがて、女性の姿は闇に溶け、ふっつりと消えた。
辺りは何事もなかったかのように、寄せては返す波の音だけが響いている。
真希は膝まづくと手を合わせ、しばらくじっとしていた。
女性の魂が、死後の国で穏やかに過ごせるようにと祈った。
つづく
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