16ビートはやお

普段はドラムを叩いて首がとれたりしています。(ZOOZ/ガストバーナー/THE SAL…

16ビートはやお

普段はドラムを叩いて首がとれたりしています。(ZOOZ/ガストバーナー/THE SALARYMEN/Emu sickS)

マガジン

  • 徒然なるビート

    自分の人生を振り返って大切なものを考えたり考えなかったりするブログです。

  • ガストバーナー危険浪漫譚

    危険なヤツらの危険なエピソード

  • ZOOZ四方山噺

    SUPER COOLバンド、ZOOZのあれやこれやを綴ります。

  • 人生って何だろう?

    人生って何なんでしょうねぇ。分からないけど考えることは楽しかったりしますよねぇ。

最近の記事

他人はぬいぐるみではない

[1]ぬいぐるみだけが理解してくれる  ぬいぐるみだけが理解してくれる。自分自身が幼少期の頃、何かストレスや悩みがあるとよくぬいぐるみに相談していた。ぬいぐるみは僕のことを完全に理解してくれ、いつだって肯定したり、励ましたり、心の状態を完璧に察知した言葉をかけてくれていた。ぬいぐるみに「今日はちょっと話を聞く気になれない」と言われたことがない。  いつも話を聞いてくれるぬいぐるみは、自分のことを完全に理解してくれているもう一人の自分自身に他ならなかった。解決できない何かを、本

    • 思い出は抜け殻

      [1]変わる街  今年に入ってから「思い出の場所」を歩くことがかなり多くあった。小学生の頃遊んだ公園や、もう潰れてしまった駄菓子屋、当時住んでいたマンション、デイサービスに変わったコンビニ、表札の変わっている友達の家、通っていた高校、様々な街をくぐり歩く機会がずっとあった。  最初は「あぁ、懐かしい!あそこは変わってないなぁ」「あの時、怒られたっけなぁ」と懐かしさに耽りながら当時の思い出を手繰っていたのだけど、数ヶ月何度も往復するうちに、少しずつ自分の変化に気づいてきた。  

      • 異なる脳

        [1]異なる脳  人間同士の齟齬。相手にどれだけ丁寧に伝えているつもりでも、言葉を尽くしているつもりでも、相手に歪みなく伝わっていない場合、意図していない伝わり方をしていた場合、それは誰の何が欠けてしまった結果なのだろうか。  人間は弱いのでできるだけ「言葉を尽くした自分は間違っていない」と思いたいし、大切にしている人ほどより「伝わっていて欲しい」という気持ちが強くなって、「そんなつもりで言ったんじゃないよ!!!」と相手に責任を押し付けてしまいがちになったりする。相手を大切に

        • 負い目を感じない生き方

          [1]春の挨拶  この一週間は、とても不思議な一週間だった。少し落ち着いたらまた改めて書きたいと思っているけれど、今は時間の距離が近すぎて書けないこともあったりする。  そういう時期は、不思議な連絡が舞い込んできたりもする。もう10年近く会っていない大学院の同期が僕を宛先に入れて、挨拶のメールを送ってくれた。どうやら、彼は母校の大学院に教える立場として着任したとのことだった。昨年、別の同期が同様に同じ大学院に着任した連絡をもらっていたので、同期が次々と力をつけて教える立場とし

        他人はぬいぐるみではない

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        記事

          無痛の人

          [1]痛みを感じない人  世の中は思ったよりも会話のできない人が多い。そういう人の多くは、どんな状況でも自分のことを正しいと思っているし、自分の心の痛みに鈍感、いや、痛みすら感じないものだから、他人の心の痛みも全く理解できなかったりする。  他人を傷つけることをなんとも思っていないというよりかは、相手が傷ついていることに気付くことのできない「無痛の人」の存在が僕を苦しめている。痛みが共有できなければ当然、会話ができないのも頷ける。そしてその溝は、決して埋まることがない。  仕

          優しく生きるには

          [1]優しく生きるには  日頃から「死」というものを意識しながら生きていると、どうも我儘になれないし、なんだかなるべく他人に優しく居ようと思ってしまうのは僕だけなのでしょうか。  普通は逆なのかもしれない。「いつか死ぬから」と思えば横暴になったり、自分勝手になったり、他人の気持ちを憚らずに生きたりするのかもしれません。しかし僕個人は、今日が最期かもしれないと思うと、ちょっとくらい周りに良い気持ちで生きたいし、一緒にこの日を生きているあらゆる人やモノが愛しく思えてどうも横暴にな

          優しく生きるには

          疲れる季節

          [1]一人で生きたい  最近は身の回りに優しい人が多いおかげで、世の中の大半はどうも「関わりたくない人」だったことを忘れていた。悔しいけれど、そういう現実を思い起こしてくれる仕事は必要悪なのかもしれない。今日も僕は、仕事中にパソコンを見つめて、会ったこともない東京の人の語気の強いメールを眺めて「人間疲れる」と思っていた。  僕は我儘なので、都合良く一人で生きていきたいと思っていたりするけれど、結局都合良く一人で生きていくことはできない。けれどそう思ってしまうくらい、こっちは毎

          テレビを消して寝れない

          [1]逃げ回っている  予定で埋まっていくカレンダーに安心を覚えている僕は、現実から逃げている。予定を埋めることで「自分と向き合うこと」から逃げている。  内向きの自分と向き合うのはとても怖い。そこには将来、生死、病気、現在、金銭、感情、アイデンティティ、いずれは終わる全ての物事、諸々の可能性に対する恐怖と直接対話しなくちゃいけないからだ。  一人で眠る時、どうしてもテレビを消すことができないのは、幽霊が怖いからではない。一人で目を瞑ってうとうとしていると、不意にこの積み上げ

          テレビを消して寝れない

          お手軽な正義

          [1]お手軽な正義  正義というのはとてもお手軽で、失敗や失態を犯した人に対して対岸から正論を吐いて追い詰めれば良いだけだから、いとも簡単に優越感を獲得できる。  別に責められるべき人は責められても良いし、大抵は責められるだけの理由があり、反省のきっかけとして苦言を呈されることが必要だけど、気をつけないといけないのは、正義の光に守られて正論を吐く側自身の資質だといつも思う。  正義の光に守られていれば、何を言っても良いわけではない。言われた側からすれば「確かに悪かった。けどあ

          お手軽な正義

          心を食べる化け物

          [1]心を食べる化け物  心を食べられている。最近そんな気持ちになることが多くて参っている。人の善意に群がり、ゾンビのように食い散らかして去っていく。本人は食べているという実感もないから厄介だ。  生きていると、そんな心を食べる化け物に遭遇することが多い。決して自分からは動かず、何かあれば正論めいた文句を言い、人の気持ちを考えず、楽な方楽な方へ流れ、責任を取らない割には「自分は十分すぎるほど人としての義務を果たしています!!」と胸を張っている。そういう人を見るだけで、僕は相当

          心を食べる化け物

          都合が良くて何が悪い

          [1]都合が良い  自分は都合の良い人間だなと思う。人と関わるストレスに耐えられず一人で生きたいと願う一方で、社会システム上、どうしても一人で生きられないストレスに苛まれていたりする。  一人になりたいのは、人と関わることで自分が傷つきたくないという自己本位な理由しかないのだけれど、だからと言って、一人で過ごしていても急に不安になったり寂しくなったりして、自分の気分と合うように都合良く予定が入ると小躍りしたりする。  その逆も然りで、他人と関わる予定が入っている時に「一人にな

          都合が良くて何が悪い

          成功と幸福

          [1]成功と幸福  成功と幸福は似ているようで確かに異なるけれど、重なる部分はそれなりにある。言葉は色んなモノや感情を分断して分かりやすく表現してくれるけれど、言葉と言葉は重なるところも多いので、便利だけど逆に事態をややこしくするシロモノだったりする。  成功してお金は欲しいし出世もしたいし他人から羨まれたい気持ちはあるけれど、その全てを得たとしても、僕は自分自身を幸福だとは思わないだろう。  闘病中の母が昨年、ある日を境に突然寝たきりになった。その日から、病院のベッドに横た

          後ろめたくない

          [1]嘘と自分  「後ろめたい気持ちがない」という状態で生きるのは意外と難しい。自分を大きく見せたり、できもしないことに手を出したり、間違いを認めたくないと意固地になると、実際の自分自身を誤魔化さないといけなくなるので幾つか小さな嘘をついてしまう。見栄、とか、慢心、とかに言い換えてもいいかも知れない。  うっかり「本来こうでありたい自分」に合わせるための嘘をつくと、その架空の自分に合わせ続けるために、ずっと嘘をつき続けなくてはいけなくなってしまう。  こうして幾つかの見栄を含

          後ろめたくない

          無敵と迷惑

          [1]無敵の人  「自分の力で人生をどうすることもできない」という絶望が、社会の仕組みから生み出されているのだとしても「じゃあ他人に迷惑をかけても別に構わない」という理屈を許すことはできない。だって実際に迷惑しているのだから。  「自分の力ではどうすることもできない」という絶望感が「無敵の人」を生み出したり、時に大きな社会的な事件となって立ち現れたりする。しかし案外身の回りには「プチ無敵な人」「話の通じない人」という、ご本人は絶望に気づいていないケースが多い。  どちらかとい

          閏年さえなければ

          [1]閏年  なんでよりによって今年が閏年だったんだろう。あまりに目に余る業務態度から、二月末に契約非更新になった職場のお爺さんと顔を突き合わす日が一日増えてしまった。  触らぬ神に祟りなし、周りは耳を澄ましながら背景に溶け込む中、荒ぶる老神と、全ての祟りを一身に受ける僕と、本日も悶着を繰り返していた。  「結局、私のどこがダメだったのか教えてくれませんか。知識はあったと思うんですよ。」  「知識は確かに一定はお有りだと思います。しかしですね、知識の引き出しを開ける前に、

          閏年さえなければ

          親ガチャにハズレはない

          [1]親ガチャ  「親ガチャ」が当たりかハズレかは、生まれた本人の尺度でしか判断できないけれど、「ハズレである」と結論付けてしまったほうが、今の現状に沢山言い訳を作ることができるので、生きやすかったりする。  僕の家庭が決して裕福でなく、早々に離婚もしたり色々問題も抱えていたので、他人から見たら僕は「親ガチャハズレ」勢なのかもしれない。確かに裕福度でいうと相当下だと思う。けれど不思議と、「生まれてこなければ良かった」なんて一度も思ったことがなかった。親ガチャは大当たり、それも

          親ガチャにハズレはない