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心に響きました

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心に響いた記事を入れさせていただきました。
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#短編

残夏

残夏

 黄昏に音割れした『新世界より』が響く。17時だ。何処から鳴っているのだろう、と見上げた目が西日をかすめて思わずくしゃみが一ツ出る。

 もう夕方は半袖だと肌寒い。あれほど囂しかったヒグラシも鳴りを潜めた。そろそろ夕涼みもおしまい、明日から散歩は午前中に戻そうかとてくてく行きつつ考える。

 けだし「夕涼み」は夏の季語である。暑かった一日の終わりに涼風を迎える慣わしのことだ。蚊取り線香と風鈴のある

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リフレイン

リフレイン

 絵の中にいた外面のいい言葉たちを指先に送り届けた。言葉たちが去った部屋を、私はしめやかに片づける。騒々しい言葉たちが鬱陶しくはあったが、言葉のいない部屋はどこか寒々しい。また新しい言葉を迎えるために、私は部屋を設え直した。まるでこれから命を育む子宮のように、柔毛で誂えた絨毯を敷き詰めた。

 言葉たちはノックもせずに入ってくる。そもそもこの部屋に扉は存在しているのだろうか。慌ただしく飛び込んでく

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ピカレスク

ピカレスク

 「本音」はいつも赤いパーカのフードで相貌を覆い隠している。果たして髪が長いのか短いのか、あるのかないのかすらわからない。ひょっとしたら少女ではなく少年なのかもしれない。ボトムスは遭遇するたびに変わるが、アウターには常に赤いフード付きのパーカを着るので結局はいつも同じに見える。 

 「本音」のおかげでと言うべきか狼と狩人のおかげでというべきか、私の指先からは人を害するほどの毒を持った言葉は出てい

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カラサワギ

カラサワギ

 身の内に堰き止められた言葉があって、どうにも外に出ていかないので辟易している。

 帰る気のない客のようにがんとして居座っていて、出て行ってと言いたがったが、本当に出て行っても構わないのかと思うと少し怖くなって言いたいことを引っ込めてしまった。

 咽頭部からの発声では出ていかないことを知っているから、指先からキーボードを通して出て行ってもらおうとした。気が変わらないように気を遣って慎重に頼んだ

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ソンカラク

ソンカラク

 真っ新な部屋に言葉がやってきた。
 礼儀正しく楚々とした振る舞いの美貌の言葉たちの後から、葬列の付き添いのような顔をして粛々と訪れた言葉たちは最初は一様に寡黙だった。影法師のように曖昧で薄っぺらな彼らは先般出ていった言葉たちではなかったかと訝しく思いながらも私は彼らを招き入れた。今度こそハートの女王のお茶会に出席できるぐらいの礼節と機知を身に着けてきたに違いない。

 しかしやがて美貌の言葉たち

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