螺鈿人形

限界非正規アラフォー大学語学講師 (有料記事は文芸同人誌『夢幻』に改稿版を掲載)

螺鈿人形

限界非正規アラフォー大学語学講師 (有料記事は文芸同人誌『夢幻』に改稿版を掲載)

マガジン

  • 『女子大に散る』

    女子大勤めの体験記・第一部。色とりどりの学生たちとの危なっかしい交流、たまに教職員の異常な言動など、各4000字程度で書く連作短編(全12話)。

  • 感想随想

  • 戯作創作

    胸に一物、背中に荷物。(織田作之助)

  • 翻訳蒟蒻

  • 夢現徂徠

    ロマンの織物/澱物

最近の記事

  • 固定された記事

noteでお会いした諸姉諸兄と文芸同人誌『夢幻』を始めました。 天道魔道の隘路で綴られた各編、哀愁の写真、華美な揮毫、かわいい小悪魔と虫(虫)、ご愛顧ください。 ECサイトで創刊号を販売中↓ https://reve8realite.official.ec/ (A5判・全138頁・本体400円)

    • 『女子大に散る』 第3話・オムライスと誘惑

       十月初週、後期授業が始まった。秋雨つづきで鬱々とする中およそ二ヶ月ぶり270分大声でしゃべり続けたせいか、三限の一年生クラスを終えたころにはクタクタだった。 「先生……」  次の教室へ散ってゆく花々を尻目に座り込んでしまい、教卓を挟んで目前に来ていた一輪にも声をかけられるまで気づけなかった。 「ハイハイどうしました」  とにかく腹が減っていた。早起きも久しぶりで朝はバナナにヨゥガァで間に合わせ、それから七時間あまりお茶と煙しか喫んでいない。それまでも昼はアメ玉で凌い

      • 『女子大に散る』 第2話・天使のケア

        「子供みたいなこと言ってんじゃないわよ!」  午後4時半すぎ、講師控室で焦げ臭いコーヒーでも飲んで帰ろう、とか考えつつ渡り廊下にさしかかったら、くぐもった怒鳴り声が反響してきた。今どきコンプラがんじがらめの大学で、と若干引きぎみに不審がるや、 (あっ先生)  突き当たりの角に見慣れた顔が覗いた。二年生のHさんだ。 (こんにちは) (おとといぶり~)  二人が続けてぽろぽろ顔を見せる。丁寧な会釈のMさん、ひらひら手を振るIさん、みんな実技科目の後らしく白衣姿である。な

        • 短編小説 悲嘆惨憺ダップン譚

          【閲覧注意】  十月の第一週、勤め先の各大学で後期が始まった。一所で1限から3限まで初回授業を終えたある曜日、午後3時過ぎに電車に乗り込み、朝の窮屈がうそのような空席だらけの隅に腰を落としたら、朝にコーヒー昼に水と飴ふたつ以外なにも入れていない腹がグルルと鳴った。 「おなかと背中がくっつくぞ」  例の童謡かと妙にリズミカルな不平の声に「もうちょい待て」と念じるも、冷蔵庫には納豆と豆腐くらいしかなかったような、と思うやそれが通じてしまったかまたぞろ盛大に、車内は閑散だが数

        • 固定された記事

        noteでお会いした諸姉諸兄と文芸同人誌『夢幻』を始めました。 天道魔道の隘路で綴られた各編、哀愁の写真、華美な揮毫、かわいい小悪魔と虫(虫)、ご愛顧ください。 ECサイトで創刊号を販売中↓ https://reve8realite.official.ec/ (A5判・全138頁・本体400円)

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        • 『女子大に散る』
          3本
        • 感想随想
          16本
        • 戯作創作
          9本
        • 翻訳蒟蒻
          14本
        • 夢現徂徠
          16本

        記事

          小人閑居してデジタルデトックス

           日頃から「流行りすたりに興味なし」とかうそぶいているくせ、座右のMacBookProがブラックアウトして使えなくなるや早速「デジタルデトックス」と当世用語を並べ立てる節操なき小人が、ここにいる。是非もない、いくら精神を紀元前アテナイに19世紀末パリに遊ばせようと肉体は令和六年ニッポンから逃れられないものだ。それならたまには現代人を気取ってみてもバチは当たるまい、確定申告も済ませたところだし。  前段の「ブラックアウト」は「画面に何も表示されない状態」にふさわしいかと感覚的

          小人閑居してデジタルデトックス

          短編小説 寂しいおじさんと二年後に死ぬ乙女

           乙女に「おじさん」と渾名されるは快、「寂しい」まで添えられれば欣快の至りだ。こちらが独身独居とか俗世的交際ぎらいとか足腰の衰えとか公言せずとも嫋やかなる目は全部お見通しで、そんな時ほどその奥にシャーロック・ホームズばりの洞察力が冴ゆるを見るも心憎い。 「はいどうぞ」 「……先生なんか慣れてる」 「慣れてる?」 「スタバよく来るんですか?」 「たまにな」 「え~もっとあたふたするかと思ったのに~」 「なんだそれ。だからスマホ構えてたのか」 「そ。緊張してるかなって」 「緊張

          短編小説 寂しいおじさんと二年後に死ぬ乙女

          あくびの中心

           「禍福糾纆」という四字熟語がある。出典は『史記』だったか『礼記』だったか覚えていない、「かふくきゅうぼく」と読む。  「禍」はわざわい、現代日本人の思考力を規定している「Google日本語入力」でもなんとか変換できる。「纆」は縄のこと、「糾」は縄を縒ることを表す。平たく言えば「ソファミ♭ファソソファミ♭ファミ♭レシ♭ド」のこと、御大美輪明宏女史が麗しい鼻母音まじりに囁く「人生プラマイゼロよ」とも言える。  これを基にしたことわざ「禍福は糾える縄の如し」の方がまだ膾炙し

          あくびの中心

          希諸姉諸兄幸弥増訪 令和六年 元日 レオナルド・ダ・ヴィンチ 『龍の素描』(1517)

          希諸姉諸兄幸弥増訪 令和六年 元日 レオナルド・ダ・ヴィンチ 『龍の素描』(1517)

          残夏

           黄昏に音割れした『新世界より』が響く。17時だ。何処から鳴っているのだろう、と見上げた目が西日をかすめて思わずくしゃみが一ツ出る。  もう夕方は半袖だと肌寒い。あれほど囂しかったヒグラシも鳴りを潜めた。そろそろ夕涼みもおしまい、明日から散歩は午前中に戻そうかとてくてく行きつつ考える。  けだし「夕涼み」は夏の季語である。暑かった一日の終わりに涼風を迎える慣わしのことだ。蚊取り線香と風鈴のある縁側や軒先が思い浮かぶ一方、「夕涼みに出る」で散歩を表すこともある。  似たこ

          【短編訳】 赤い部屋 (1894)

          「タイムマシン」や「透明人間」や「核兵器」の生みの親H.G.ウェルズによる深淵の怪談。  私はグラス片手に暖炉のそばに立っていた。 「よっぽど幽霊らしい幽霊じゃないと、ぼくは怖がりませんよ」 「それは、あなた次第ですよ」  ジイさんが横目で答えた。その手は腕までしわしわだ。 「28年の間、一度だってお目にかかったことありませんけどね」 「世間は広うございます。見たことないものも、悲しい話も、まだまだたくさんございますよ……」  次はバアさんが答えた。暖炉にあたって炎

          【短編訳】 赤い部屋 (1894)

          盂蘭盆奇談

           いまだ故郷に錦飾れず『貧窮問答歌』を地で行く身空、ご先祖様に会わす顔なし。空腹しのぎに散歩とぼとぼ打ち出れば、ヒグラシにまで「悲しい哉、悲しい哉」と謳われる始末、あはれなり。  お盆休みのある蒸し暑い夕方、奥まった農道を歩いていたら、細長い影が目の前を横切った。  「S」だ。一歩踏み出しかけてヒュゥと息を吸い込んだまま、ぬるぬるしい匍匐に釘付けだった。  昨夏の邂逅の後、春先にも一度出くわしている。都心から離れた田園地帯とはいえ、よほどご縁があるらしい。  翌日も同

          盂蘭盆奇談

          短編小説 暑気祓い

           おや、今日は電灯カバーに張り付いているのかい。昨日は浴槽まわりをぴょんぴょん跳ねていたのに、まさに神出鬼没だな。  そんな天地のひっくり返ったままでいて、よく落ちないもんだね。ありがたいよ、手元にポトッてご登場をされると反射的に本ごとバチンと潰しちゃいかねないし。すんでのところで躱したきみと「脅かしっこは無し」って約束したの、もう去年か、早いなあ。  ずいぶん静かにしているね、暑すぎてのぼせちゃったのかい? それともなにか珍しいものでも見つけたかい? まあ久しぶりだもん

          短編小説 暑気祓い

          短編小説 上京小娘ぶぅちゃん

           最近うんちんは寝言が多い。 「──ぶぅ、と言ったのだった……」  どうやら夢の中でぶぅのお話を考えているらしい。それなら面白くなること間違いないし、ボクの記憶も付け足しながら、現実に書きとめておいてあげようと思う。  ボクは「ぽて」、ぶぅ5才の誕生日にパパに買ってもらったぬいぐるみだ。その大学進学にあわせた上京にもついてきて、というか連れてこられて、いろいろあって今はうんちん宅に居候している。  「ぶぅ」は23歳の女の子、大学は四年で卒業できたけど中身は10歳からあんまり成

          短編小説 上京小娘ぶぅちゃん

          イヌと語れば

           犬語が理解できるのなら英語も仏語も独語も古希語も簡体字も忘れてしまって構わない。七面倒なヒトなどもうたくさん、イヌとこそ触れ合っていたいものである。 「雷だあ!」 「ウ●コ中だよ」 「匿ってくれよう!」 「しょうがねえな──」 「オエッこれは無理だ、さいなら──」  実家の柴犬ケンとは意思疎通ができていた。亡き後は種々雑多なイヌの本を読み漁った。代償か埋め合わせか、ますますイヌが好きになった。  しかし言葉は道具、使わねば錆びるものだ。語学は「習うより慣れろ」が肝心で

          イヌと語れば

          凡庸な、あまりに凡庸な

           幼時ピアノを習っていた。思春期にはドラムスを叩きギターを弾いた。やがて「音楽」という概念そのものに没頭し始め演奏からは遠ざかる。それが三十路も半ばを過ぎたころ、あるピアノソナタと知り合った。  どうしても弾いてみたい。第一楽章だけでいい。しかしワンルームに88鍵は大きな買い物だ。悩みに悩んだ末ギターを二束三文で売り飛ばし、本棚二架を蔵書ごと処分して、まあまあ質のよい電子ピアノを据え置いた。  提示部の右手「ド♯ レド♯ ミ ミ」を爪弾いてみるだけでふつふつ込み上げてくる

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          凡庸な、あまりに凡庸な

          花と芥のフラグメント

           3月末に母の誕生日がある。大学は春季休暇の終盤、非常勤講師ごとき親不孝者にも暇ができるので、今年も帰省した。  実家にいられるのはせいぜい1週間だ。それ以上になると、戻ってくる気力がなくなってしまう。うまい飯、足の伸ばせる湯船、花木の鮮やかにそよぐ庭、暖かな厚い寝床、──年を経るたび後ろ髪を振りほどくまでが長い。  どうにか去年と同じく18年前と同じく新横浜駅にひとり降り立ったら、上着の裾に桜の花びらが一枚ついてきていた。なァんだ今年は一人じゃないのか、と思うやたちまち

          花と芥のフラグメント