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戯作創作

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胸に一物、背中に荷物。(織田作之助)
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短編小説 悲嘆惨憺ダップン譚

【閲覧注意】  十月の第一週、勤め先の各大学で後期が始まった。一所で1限から3限まで初回授業を終えたある曜日、午後3時過ぎに電車に乗り込み、朝の窮屈がうそのような空席だらけの隅に腰を落としたら、朝にコーヒー昼に水と飴ふたつ以外なにも入れていない腹がグルルと鳴った。 「おなかと背中がくっつくぞ」  例の童謡かと妙にリズミカルな不平の声に「もうちょい待て」と念じるも、冷蔵庫には納豆と豆腐くらいしかなかったような、と思うやそれが通じてしまったかまたぞろ盛大に、車内は閑散だが数

短編小説 寂しいおじさんと二年後に死ぬ乙女

 乙女に「おじさん」と渾名されるは快、「寂しい」まで添えられれば欣快の至りだ。こちらが独身独居とか俗世的交際ぎらいとか足腰の衰えとか公言せずとも嫋やかなる目は全部お見通しで、そんな時ほどその奥にシャーロック・ホームズばりの洞察力が冴ゆるを見るも心憎い。 「はいどうぞ」 「……先生なんか慣れてる」 「慣れてる?」 「スタバよく来るんですか?」 「たまにな」 「え~もっとあたふたするかと思ったのに~」 「なんだそれ。だからスマホ構えてたのか」 「そ。緊張してるかなって」 「緊張

短編小説 暑気祓い

 おや、今日は電灯カバーに張り付いているのかい。昨日は浴槽まわりをぴょんぴょん跳ねていたのに、まさに神出鬼没だな。  そんな天地のひっくり返ったままでいて、よく落ちないもんだね。ありがたいよ、手元にポトッてご登場をされると反射的に本ごとバチンと潰しちゃいかねないし。すんでのところで躱したきみと「脅かしっこは無し」って約束したの、もう去年か、早いなあ。  ずいぶん静かにしているね、暑すぎてのぼせちゃったのかい? それともなにか珍しいものでも見つけたかい? まあ久しぶりだもん

短編小説 上京小娘ぶぅちゃん

 最近うんちんは寝言が多い。 「──ぶぅ、と言ったのだった……」  どうやら夢の中でぶぅのお話を考えているらしい。それなら面白くなること間違いないし、ボクの記憶も付け足しながら、現実に書きとめておいてあげようと思う。  ボクは「ぽて」、ぶぅ5才の誕生日にパパに買ってもらったぬいぐるみだ。その大学進学にあわせた上京にもついてきて、というか連れてこられて、いろいろあって今はうんちん宅に居候している。  「ぶぅ」は23歳の女の子、大学は四年で卒業できたけど中身は10歳からあんまり成

短編小説 月下

【縦書き 3091字 全8ページ】

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短編小説 薑

 春、ある大学の非常勤講師に応募した。面接に赴いた午後のキャンパスは、うららかな晴れ空の下で不気味なほど閑散としていた。未知なる病に際して「自粛」の専制が始まりつつあった、あの春である。 「ごめんなさいね、今日は私ひとりなんです。やっと四月からの方針が決まって、みんな対応に追われているんですよ」  相手は年配の女性ひとり、名刺には学部長とある。小さな大学だからか、昨今よくある語学科目の統括部門「教養センター」がない。そこで頭領じきじきのお出ましとなったわけだ。 「どうぞ

ダイダロスの子

【戯作エンヴォイ】 わが生の意味 なんなりと いつのころより 思いしを 古きに温ね 渉猟す 韋編三絶 涯しなく 憧れ抱き 真善美 若気を賭して 追いすがり はや廿年に なりぬべし 光陰如箭 游子吟

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うみのこえ

【戯作パヴァーヌ】 冬ざれの海 さびしげに 波よせおくり ゆきかえり 風ふきさそう さむざむと 語りかけるは うみのこえ 目顔は知らぬ 例により 声さえ知らぬ 本名も noteで知った 人となり よわいハタチの つとめ人 京の都に ひとり住み 日記随筆 マッチング 世の中を書き 人を書き おのが文体 すでに持つ 人によりけり 好きずきは されど揺るがぬ ふみのあや 散文美学 これにあり 快哉おぼゆ あっぱれや 「文学」に疑義 ありし目に 「文」に「学」など 無縁ぞと 行

画家某氏へのラブレター

【戯作オード】  あなたの描く絵 世紀末 モンマルトルの 濡れた午后 パリの憂愁 ひと知れず 雨だれ歌う ジムノペディ あなたの描く絵 印象派 古きよき時 想わせる マネモネピサロ シスレーの いろどりひそむ 筆づかい あなたの描く絵 白のあや 光まぶしく あざやかに 影きわだたせ 濃きいろに 天使の梯子 われ照らせ あなたの描く絵 刹那いろ 動物静物 雪月花 街灯さえも 切なくて まほろば見しか 夢うつつ あなたの描く手 魔法の手 あぶらカタブラ 色と線 この身い