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2022年4月の記事一覧
生きていることの虚無感、そりゃあるよねって話
幾分前ではあるが、三菱ケミカルの小林喜光氏の講演を聞く機会に恵まれた。
日本でもかなり有名な経営者の一人であるが、その講演で若いころにこんなことを思ったと語っていた。
「通勤電車に乗りながら、ほかの人と同じように心臓を動かしているだけだった。そのときの私の心臓の鼓動は、恐ろしく軽いものだったように感じた」
その後、小林氏は1970年代にイスラエルに留学することとなる。その時のイスラエルの研究者
世のためではなく、ただ溜飲を下げるために
コロナコロナと世の中で騒ぎ始めて、かれこれ2年くらいが経った。
だれもが「いつかそのうちには収まるだろう」と思っていたが、結局収まることもなくいまや「ウィズコロナ」の真っただ中である。
政治家がああだこうだと「お願い」という名の命令をしてくるのにすっかりひとびとは辟易として、「またやってるよ」と呆れて聞く耳をほぼ持たなくなっている。
政治家が言行一致していないことは今に始まったことではないが、
見えなくなっている風景は、時が進むにつれ増え続けている
私はなぜかわからないが、1980年代の文化に妙に惹かれてしまう。
音楽が最たる例だ。いまだにribbon時代の永作博美とか、島田奈美がめっちゃ可愛いとか言いながら毎日を過ごしている。
音楽のみならずアニメや歴史にも関心がある。
日本が「失われた●年」に入る時期の直前、日本がまだ「失われていなかったとき」を私が本能的に求めているのかもしれない。
昔の音楽を聴いていると、ふとこんな詞に出会う。
「おはスタ」のテンション
平日少し早起きをしてテレビをつけると、テレビ東京では「モーニングサテライト」という朝の経済情報番組がやっている。
寝ぼけた目で漫然と眺めていると、7時過ぎになると突然「おはスタ」という子供向け番組がスタートする。
毎度、あの切り替わりにテレビ東京の振れ幅のでかさを感じざるを得ないのだが、同時に「おはスタ」を見るたびにそのテンションの異常さが目に付く。
7時台にやっている生放送の番組はニュース番
ひとりの怒れる人間であるか
コロナやら不況やらで各人がおかれた現状の苛烈さもあって、政治のしょうもないごたごたを見ているときに多くの人が怒りを覚えることが増えたように思う。
一般に怒ることはあまりよくないと思われがちだが、私はそんなことはないと思う。
怒れるということは、何かしがの問題意識がそこにあるということだ。
「本来こうあるべきではない、ぜったいにおかしい」と思えるからこそ、怒ることができる。
つまり、世界に怒れる
「いちご100%」は思春期の峠である
「いちご100%」は、屈指の名作である。
私はあらゆる思春期の男子が読むべきバイブルとして、「思春期の峠」というキャッチフレーズを勝手につけている。
パっと見ではなんてことの無い作品だ。他のラブコメと同様に、一人の男を巡って幾人もの女の子たちが色々頑張る話だ。
しかし、この話が稀有であったのにはいくつか理由がある。
まず何より我々少年たちの手に届く「週刊少年ジャンプ」に連載されていたことだ。