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【創作 掌編・短編】掌遊び

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拙作の掌編または短編をまとめてあります。
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#掌編小説

【掌編】 やさしさほどける “小さな口福”

【掌編】 やさしさほどける “小さな口福”

梅雨が来ない。

そう思っていたら、とんでもない猛暑に襲われ、息も できないような暑さが続いた。
なんとかそれに身体が慣れてきたかと思ったら、今度は梅雨が戻ってきた。忘れ物をした気まずさか、しっとりとしたところのない乱暴な雨が続く。

こんな天気が続くと、湿気が体に染み込んで、ずっしりと重苦しくなってくる。頭はサイズの合わないヘルメットを被らされているようだし、肩や首の周りには鱗

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【掌編】紙婚式 noir

【掌編】紙婚式 noir

仕事して、呑んで、適当に遊んで。
そろそろ帰るか、仕方ない。

おや?

電気がついていない。
先に寝てることはたまにあるけれど、なんだか人の気配すらない。

奮発して買ったダイニングテーブル。
傷も油汚れもほとんどない。
数えるほどしか使ってない。
その上に結婚式の招待状のような封筒。

開封。

1枚目。

2枚目。

ああ、そういうことか。

溜息とも嘲笑ともつかぬ息を吐きながら、ポケットか

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【掌編】ファミレスにて

【掌編】ファミレスにて

昼下がりのファミリーレストラン。
満席ではないが、いくつかのボックス席は、ドリンクバーで粘るグループが占領している。

ドリンクバーに一番近い席。
制服の女の子が4人。まだ学校の時間ではないのだろうか。コップも使い放題というわけではないのだろうに、人数の軽く倍は並んでいる。
「ちょ、イーライ始まる!」
「あー、わかったわかった、見たらいいじゃん」
「やばい、やっぱり可愛すぎる!Emiまる、今日

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【掌編】夜に染み込む  “小さな口福”

【掌編】夜に染み込む “小さな口福”

急な冷え込みに体がついていかない。

すっかり桜も散ったし、このまま夏になると思っていたのに、なぜかこのところひどく寒い。そのせいで衣替えも出来ずにいる。とはいえ、厚いコートはさすがに重苦しく、冬物の上にスプリングコートを羽織るというチグハグさ。

仕事は予定外のタスクが入り、何かとバタバタ忙しかったし、久しぶりに会った取引先の相手は、何だか妙に苛々していた。
焦りとか苛立ちとかは伝染する。

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【掌編】魔法の水  “小さな口福”

【掌編】魔法の水 “小さな口福”

ずらりと鶏の胸肉が並んでいる。

合計4枚。
皮はすでに剥ぎ取られていて、淡い桃色のツルリとした生々しい肌が露わになっている。

もも肉は2枚で1羽分というのはわかるけれど、胸肉はどうなのだろう。
右と左の乳房のように、これも2枚で1羽分なのだろうか。

いや、鶏は哺乳類じゃないから、いわゆる胸はなかったか。

すぐ横に計量カップ。
中には200ccの水に大体小さじ2杯ずつの塩と砂糖。
ブライン液

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【掌編】助手席

【掌編】助手席

いつの間にやら、隣から寝息が聞こえてきた。

「疲れてるだろうし、寝てていいよ」

そう言ったのは、さっきコンビニを過ぎたくらいだから、ほんの500m足らず、1分もしない内に、眠りに落ちたことになる。

幸い、私は運転は慣れているし、普段は一人で運転していることを思えば、苦にもならない。
むしろ気持ちよく眠れているのなら幸いだ。

ハンドルを右に切る。
気をつけてスピードを落としたつもりだが、助手

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【掌編】温め続けて  “小さな口福”

【掌編】温め続けて “小さな口福”

卵がひとつ。
ここにある。

いつからか、大事に大事に温めている。

殻の色は時々変わる。
白や、黒や、なんとも言えないまだら模様にも。

中からコツコツ音がする。
気がする。

よく見ると、周りにも同じように卵を温めている人がいる。

もっと大きなものだったり、小さくてもたくさんだったり。

そして時々、その卵から、生まれる。

大きく綺麗な羽を広げて。
強そうな鎧に身を固めて。

温め続けたそ

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【掌編】忘れられない手紙

【掌編】忘れられない手紙

忘れられない手紙がある。

細かい内容は流石に覚えてはいないのだが。
ただそういう手紙をもらったことがあるという事実は、ゆうに20年以上経った今でも忘れられない。

確か緑色のペンで、ノートの切れ端のような紙にしたためられたもので、今だったら思わす目を細めてしまうほどの、小さな可愛らしい字でぎっしり埋められていた。

宛名は「○○さんのお友達さん」といった、いたく他人行儀なものだったようにおもう。

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